Nightmare






「やるからには……本気でやろうや」



<Nightmare>




――――他人の声のような俺の声。

俺の背中には羽根がある。それはコレットみたいに可愛らしいもんじゃなく、咎人を断罪する無慈悲な天使の
悍ましい羽根。

―――その声を合図に奴らは動き出す。

――――驚く程に連中の動きが鈍く見えるのは俺が天使化しているからか、それとも連中の迷いのせいか?

戦闘の主軸であるロイドと回復役のリフィルを封じちまえばこっちのもんだ。

朗々と響くジーニアスの詠唱―――させるかよ。紅蓮剣を叩き込めばあっさりと昏倒するガキ。

「ジーニアス!!」

叫んだ女を眺めた。

―――しいな…。

「……ゼロス…!あんた……っ!」

気の強いしいなの瞳から零れた涙――――なぁ…?なんで泣いてんの?


俺なんかを信じた自分が可哀相だから?

それとも、仲間が倒れていってしまうから……?


「―――あんた……ほんとに憐れだよ……」


「憐れ?……俺さまが?強いものについた俺さまが?」



―――相変わらず突拍子もないこと言う奴――――そんなところも気にいってたんだけど―――もう、伝えるこ
とは出来ないからそれは無意味な感傷だ。


「――嘘つき」


「…?」

「――神子をセレスに譲れてせいせい、だなんて嘘つくな!」

泣きながら、しいなが走って来た。

―――死んでしまおうか?一瞬、そう思った。

しいなの手で命を終えられるなら本望――なんて。

そんなことしたら、しいなはずっと俺のこと忘れない―――なんて身勝手な俺。



――無理だよ。お前を呪縛で縛り付けるなんて―――――残酷過ぎる。

お前は十分重いものを背負っていること位……知ってっからさぁ……。


だから、俺はこうして――――。

暖かな雫――――それは俺の剣に貫かれたお前から滴る命の証か、俺の目から零れた俺が『ヒト』だったこと
の証だったのか――――。





「うわぁぁぁぁっ!!!!」

悲鳴を上げた。

「ゼロス!?」

すぐ間近で俺を覗き込むしいな―――ずっと前から俺の腕の中にあった暖かな温もり―――。


「……し……いな……?」

思わずしいなを強く抱きしめた。

鼓動が喧しいと言うのに――いつもなら大暴れのしいなは俺の腕の中でじっとしている。

―――しいな?

そんなわけがない。

しいなは俺が殺した。あの手応え、血の匂い、俺の涙―――――リアルに覚えてる。

ではこの腕の中にいるのは……?

女の顔を見た。

「……しいな?」

「……ゼロス?」

俺の腕の中にいる女は、どう見てもしいな。
藤林しいなだ。

―――夢を見ているのか?あまりに辛くて、自分の望むような未来を眠りの中で夢見ているのか………?

しいなはそっと俺の頬に手を伸ばした。

触れられて、初めて泣いていたことに気付く。

「……夢、見たの?」










「……夢……?」

―――夢なら今見ている。

お前と俺が抱き合って眠る―――そんな幸せすぎるナイトメア。幸せ過ぎて逆に辛い位――――。


「……しいな……」

「…大丈夫。あたしならここにいるよ。どこにも行かない。あんたの傍にいる」―――夢だから……しいなは俺の望む言葉を囁く。

それはより辛くて哀しい、ナイトメア。



―――早く覚めてくれよ。

幸せを知ってしまえば現実を生きる力を失ってしまいそうだ。そう思う一方で、幸せならばそれを貧りたい―――そう思うのも、俺自身。



俺はしいなを組み敷いた。そっと口付ける――。



「―――あんた……まだ夢を見てるんだね?」

俺の髪に指を絡めながら、しいなは囁く。

「……おーよ。これが俺さまの幸せな未来ってか〜」

「ハーレムじゃなかったんだ?」

「……ハーレムは次の夢で見る」

―――嘘だ。

もしも、また夢を見るのなら――――俺は幾度でも同じ夢を描くだろう。お前と二人キリで過ごす俺――――。

「……しいなもゼロス様ハーレムに来れば、次も会えるぜぇ〜?」

しいなは悲しげに笑った。

「やだよ。ばーか」

二人で少し笑った。

「……離れたくないよ」

消え入るようなしいなの囁き。――――目覚めが近い。

「……………」

―――離れたくない。叶うなら離れず永遠に―――――しかし、叶わないからナイトメア、なのだ。


幸せで残酷なナイトメア。


「………」

俺はしいなに口付けた。その存在が希薄になり――――――








朝がやって来る。








朝を憎悪するのは俺が咎人だからか。

――夢から覚めてしまうからか。

それなのに。

俺は望む。そう幾度でも。甘く残酷なナイトメア――――構わない。

お前に会えるなら。朝になればまた後悔するのも分かってる―――――それでも、俺はナイトメアを―――…….









end




2007.1.1up