<夕焼け>
もうすぐ日が沈む。
草むらに横になり空が鮮やかな茜色に色付く様を見ていた。
これほど空の色を美しい……そう感じるのは、もうすぐ『恋人』に会えるから……だろうか……?
<夕焼け>
何者かの気配が近付いて来ていた。
その人間は気配を殺してゼロスに近付いて、あと一歩、と言ったところで止まった。
「わ!!」
「…っ!!」
突然の大声に転んだのは、ゼロスではなくしいなの方だ。
「うひゃひゃ!俺さまを驚かそうなんて100年早いんでねーのー??」
しいなは悔しそうに、顔を歪めた。
「……うまく行くと思ったんだけどねぇ…あんたの気配への敏感さはやっぱり異常だよ」
「ん〜?修業が足りないことへの言い訳〜?」
しいなは溜息を一つ零し、ゼロスの横に座った。
「……よく俺さまが来たこと、分かったな?愛のテレパシー??」
「アホか!レアバードが近くまで飛んで来てたからね。……あんただと思った。…で、今日は何の
用だい?」
「顔見に来ただけ〜」
あ、そ。としいなはゼロスの顔を一瞥した。
「はい。見たら帰りな」
「…はいはい……ってそりゃー淡泊すぎだろーが!しいなん家であの苦い茶でも出してくれよ」
「…ったく、文句言うなら出さないよ!」
言いつつ立ち上がるしいな。ゼロスも立ち上がった。
「……っつ…」
頬に鋭い痛みが走り、ゼロスは眉をひそめた。
立ち上がった時に先の鋭利な草で切ってしまったようだ。
「大丈夫かい?」
しいなが駆け寄ってくる。
「……あ〜。たいしたこたねーよ」
頬に手をやる。少量の血がついた。
「…唾でもつけときゃ治るだろ…」
とゼロスが、言い終わるか、終わらない頃、頬に走った柔らかな感触にゼロスは目を見開いた。
「……!」
ぺろり、としいながゼロスの頬を舐めたのだ。
「…………」
あまりのことに絶句した。
当のしいなは全く動じる様子もなく、自らの唾液がついた口唇を手の甲で拭っている。その仕草はま
るで、子猫。
―――ミズホでは……普通のことなのか……?
だとしたら由々しき問題だ。
おろちやくちなわにしいながそんなことをするのは許せないし、その逆ならば男を殺してしまいたい――
――そんなことを考えてしまう。
恐る恐る、しいなを見た。
「……あのさぁ…」
「ん?」
「今のって……ミズホじゃ普通なわけ…??」
「え?今の??」
しいなはキョトンとゼロスを見上げた。
「……あの……傷…舐めるの……」
「!!!!」
………どうもしいなは殆ど無意識だったらしく、今更顔を赤く染め上げた。
「…ご……ごめん…!今消毒する…!」
消毒薬を取りに走ろうとするしいなの手首を捕まえた。そのまま腕の中に閉じ込める。
「……薬はいらない」
「…は?何バカ言ってんだい!黴菌が入ったら大変…」
「それよりも〜、俺さま、ここに唾付けて欲しいんだけど?」
とんとん、と自らの口唇を人差し指で触れる。
「はぁっ?!」
「……ここにはバカには見えねぇ傷があって、しいなの唾じゃなきゃ治らねーのよ」
「あんたは〜!!」
しいなの固めかけた拳を掌で包み込み、しいなの目を覗き込んだ。しいなが至近距離からゼロスに見つ
められるのが苦手なことなど百も承知の上……だ。
「……他の奴にはやんなよ……?」
「……や……やるわけないだろっ…!」
その答えに満足し、ゼロスは笑った。
けれど腕の拘束は外さない。逃れようと手足をばたつかせるしいなをより強く、抱きしめた。
「唾つけるまで離さない」
低い声で――――視線は逸らさない。もう捕まえたなら決して逃さない。逃れられない。
「……もう…!」
しいなは呆れたように溜息をついた。
少し背伸びをして、ゼロスの口唇に触れる。
―――生憎と。
ゼロスは口唇でしいなの舌の感触を愉しむことは殆どなかった。しいなの舌が触れた瞬間に、しいなの
口唇を奪っていたから。
夕焼けを背に一つになった二人の影が長く、伸びていた。
end
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