ゆめ
―――――夢を見た。
あたしは黒い子猫になっていた。
捨て猫だったあたしは誰かに拾って欲しくて一生懸命鳴いたけど、誰もあたしを見てはくれなくて……。
――――冷たい雨が降って来た。
あたしは冷えて行く。躯も心も―――まるで温度なんかないように冷えて行くだけ。このままいけば何も感じなくなってしま
う――――それなら早くそうなればいい。
<ゆめ>
そんなあたしの前に一人の男が立ち止まった。
―――綺麗な人間だった。
身なりがよくて、綺麗な顔をしていて……シャム猫とかペルシャ猫とかなんだかよく分からないけど血統書つきの猫を飼っ
てそうな奴だった。
男は何を思ったかあたしに指を伸ばして来た。
―――あたしなんかには興味ないくせに。
中途半端に優しくなんかしないでよ。
ムカついたから出された指に噛み付いてやった。
男はかなり怒った様子であたしを捕まえた。
――――あたし、殺されるのかな。
まぁ……いっか。
あたしなんか生きてても何もいいことなんかないんだ。
―――だけど、あたしは殺されなかった。
男はあたしをやたらでかい家に連れて帰って嫌がるあたしを無理矢理お風呂にいれた。あたしは当然大暴れしたから奴の
手は傷だらけになった。
「てめー!ふざけんな!!」
ぶつぶつ文句を言いながら奴はあたしを乾かしてピンク色のリボンを結んだ。
奴はちょっと満足そうにあたしを見て笑った。
「よしよし。ちったぁ見れるようになったじゃねーか」
――――そう言われたらあたしだって少し嬉しくて。
奴の膝に乗って「にゃーん」と鳴いた。
奴はあたしを撫でてくれた。奴の手は大きくて温かくて―――奴の膝はやたら居心地が良くて―――あたしは眠ってしまっ
た……。
――――目を覚ますと、あたしはもう猫じゃなかった。
目の前には猫だったあたしを拾った男が寝息を立てていた。
身体を起こして辺りを見回す――――ベッドの下にはピンクのリボン―――違う。あれはあたしの帯……?
―――あたしは………。
夢か現(うつつ)か――――――あたしは………猫?それとも…………。
夢の中にも出て来た男は幸福そうな寝顔――――こんな寝顔が可愛いって思うんだから末期かもしれない。
「………」
ふぅ……あたしは溜息を一つ零した。
―――あんたは……。
血統書付きの猫ばっかに飽きたんだね……。だからあたしみたいな雑種の猫を拾ったんだ。
――――同じように飽きたら捨てちゃうんだろ…?
その想いは静かに――――けれど確実にあたしの中に息づき、致死性の毒のようにあたしの全身に回っていた。
背中に回されていた腕を外して、掌を手にとった。
大きくて温かい掌―――――猫だったあたしを撫でてくれた――――頬を寄せる。この手でどれだけの猫を撫でたの――――?
―――バカバカしい。
それなのに囚われずにはいられない感情。
あたしはあんたのものじゃないし、あんたはあたしのもんじゃない……。
だけど………そうなればいい。そう思ってしまう。
バカみたい。
バカみたい。
「……………」
男の手がそっとあたしの頬を撫でた――――そう、まるで夢の中で猫のあたしを撫でたみたいに―――。
「………どうした……?」
「……」
「……泣きそうな顔してる」
――――どうしてあたしの気持ち、あんたは解るの……?
……あたしはあんたの気持ちがさっぱり解らないのに……。
―――――それはきっと。それだけたくさんの女を知ってるからだ。
ホント、ムカつく。
あたしは奴の手を取った。指に舌を這わせる。
「……し……しいなっ?!」
ぎょっとしているゼロス――――その指先に歯を立てた。
「いてーーーーーっ!!!」
悲鳴を上げるゼロス。
「てめー!ふざけんな!!」
「……………」
不思議な既視感―――。
あたしはゼロスを見上げた。
「にゃーん……」
「……??………???」
きょとんとするゼロス――――その顔が面白くて。
あたしはゼロスの腕の中に飛び込んだ。ゼロスはあたしを抱きしめてくれる。
―――あたしは滲んだ涙を見られないようにゼロスの胸に額をつけた。
ゼロスはあたしの頭をそっと―――撫でた。
end
2007.3.8up
|
|