<重いなぁ>
いつも、いつも、貴女になりたかった。
いつも前向きで、優しくて、周りを温かく包み込める貴女が羨ましかった。
貴女がいなくなってから、その思いはより強くなったような気がする。
貴女だったら、どうする?こんな時?
私は常にそれを考えながら行動している。
ねぇ……エアリス?
貴女なら……どうする?
最後のお客さんを送り出して、私はブラインドを降ろした。CLOSEの札をドアに下げて鍵をかけようか、一瞬躊
躇した。
――――もしかしたら、今日は彼が帰って来るかもしれない。少し前に突然、家を出ていってしまったクラウド
は合い鍵を置いて行ってしまったから。
そう思って溜め息を付く。帰って来ない……よね。だってクラウドは合い鍵と一緒に指輪も置いて行ってしまっ
たから。
『家族』の印として買った狼を象った指輪。クラウドはお揃いのピアスも買ってたね。あのピアス…すごく似合っ
てた…。
涙が零れた。
「………どうして……?」
私じゃ貴方の力になれない?
私たち…家族になれたと思ったのに…。
やっぱり……私じゃダメなの……?
私が『彼女』じゃないから?
私は涙を手の甲で拭った。いけない。早く片付けしないと。もしかしたら、またデンゼル熱を出してるかもしれない。
軽く気合いを入れて散らかった店の中を片付けて行く。
最近の私は身体を動かしていないとすぐに涙が溢れてしまう有様だ。とても子供たちには見せられないが、勘の
いいマリンはきっと気付いてしまっている。
「……いっそのこと、お店24時間営業にしちゃおうかな…?」
笑えない冗談を独り、口にして、私は薬を口にした。
――――睡眠薬。
元々眠りは浅い方だったけどクラウドが出て行ってから私は眠れなくなった。浅い眠りは、悪夢を導き私はしばし
ば悲鳴を上げてマリンやデンゼルを驚かせた…。
夢は燃え盛るニブルヘイムだったり、何も言わない冷たい骸になったパパだったり、凍る程の冷たい眼で私を切り
捨てる英雄セフィロスだったり、セフィロスに刺し殺される『彼女』だったり、何も言えない人形のようになってしまっ
た彼だったり…………。
私は頭を振った。薬が効くまでにやらなきゃいけないことがある。
洗い物は終わったから、帳簿つけて…あとは仕入れるのも書いとかないと。今まで仕入れはクラウドがやってくれ
てたから…どうしても割高になっちゃうけど…仕方ないよね。皆、貧しいのを切り詰めて店に来てくれてるから、商
品の値段は上げられない。
私は肩にかかった髪を振り払った。絡み付く暗い思いを断ち切れるように……。
……あとはデンゼルの様子見に行かないと。おでこのガーゼもそろそろ代えてあげなきゃ……。
店の電気を消して、階段を昇った。
足がふらつく……いけない。何も食べずに薬飲んだから思ったより効きが早いみたい……。
――――…………。
ふわふわした浮遊感に私は目を開けた。この感覚には覚えがある………。
――――ライフストリーム………。
そして、この柔らかな気配に花の香は……。
………エアリス……。
貴方なの………?
『ね。ティファ?えすてって行ったことある?』
『……えすて……?』
『そ。知らない?』
『始めて聞いたわ』
『女の子が綺麗になれるとこ、なんですって』
『へぇぇ…。行ってみたい!!』
『でしょ!この旅が終わったら一緒に行こ?ね?』
『ティファ〜。これ使ってみて?』
『…なに?これ??』
『新色のリップなの。ティファの分も買っちゃった』
『え〜?悪いよ』
『いーの。いーの。わたし、今これ集めてるんだ。これ!』
『ポイントカード?』
『そ!ためるとこれがもらえるの!』
『ゴールドソーサーの年間パスポート?』
『そ!楽しかったよね〜。旅が終わったら、ゴールドソーサーの近くに住むのも悪くない、かな?あ、でもちょっとうるさ
いかな』
『うーん…。住むにはうるさそうだよね?』
『とにかく。旅が終わったらいっぱい、いっぱい遊ぼ、ね?…今は余裕、ないから、観光とかゆっくりする暇ないけど、
本来旅って楽しむものだと思うの』
『……考えたことなかった……』
『いろんなもの、見て…美味しいもの食べて……ってものよ。わたし旅したことないけど…』
『………そっか……』
『ティファとなら、楽しい旅、もっと出来る気がするの』
『……そだね。いろんなとこ行こうね』
『……うん。約束!』
……エアリス……。私………ごめんね……。
何も出来なかった。
見ているだけだった。
たくさん、たくさん約束したのに。なにひとつ守れなかった……。
彼女の瞳と同じ緑の光りの中でふわり……と優しい風が私の頬を撫でた。
――ねぇ。エアリス…。そこにいるんでしょう?
会いたいよ。堪らなく貴方に会いたいの。
貴方ならきっとクラウドを支えられたよね…?
重いよ…私には重すぎるの…。
私は貴女にはなれない。
―――ティファは、ティファ、よ? だいじょぶ。ティファなら出来るから…………。
風の中からの声。そこには影すらない。だけど………あの声は、あの香は確かに………。
「……っ!」
私は手を伸ばした。
涙が溢れて止まらなかった。
エアリス……私、どうしたらいい?どうすれば…良かったの……。
「……重いなぁ………」
泡沫の夢の儚さにまた涙が溢れ出た。
―――夜明けはまだ遠い。私は嘆息した。
end
2006.8.21up
|
|