<もうなくさないでね>







独り、ここへやってきた。もう失われた時はもう……戻らない。










……痛い程に、分かっている。


なのに………ここは。


神秘的で静謐でありながら穏やかな日の光を失わないここは在りし日の彼女を嫌というほどに思い出
させた。いや…思い出すのではない。彼女はいつも俺の心の中に鮮やかすぎるほどの存在感で微笑
んでいるんだ。 初めて見た、ミッドガルのスラムでの鮮烈な印象を残したまま。


「………エアリス………」


俺の小さな呟きは穏やかな水のせせらぎと、小鳥の囀りに掻き消されてしまう…。

小鳥の囀りはまるで、エアリスの笑い声のようだ。

優しくて温かい…。

ここは総てがこんなにもエアリスを感じさせるのにエアリス………あんたはいない。

「……来る、べきじゃ、なかった………かな?」

自分でも情けない声しか出ない。

―――引きずり過ぎて、擦り減った………つもりだったんだけど、な。


笑ってあんたとザックスに全て終わったと――報告するつもりだったのに。


自嘲の笑みを刻む。
―――なぁ?エアリス……。声を、聞かせてくれよ……?ずっと……ずっと傍にいてくれたんだろ?声は
しなくても、俺の魂はいつもあんたの存在を捜し求め、感じていたんだ。

今もなお―――。

声を、聞きたい。

笑顔を、見たい。

華奢な身体を抱きしめたい……。




あの教会で見たのが最後だって言うのか?
―――嫌だ。そんなのは。

あの時、みたいに顔を見せてくれなくてもいい。

せめて………声だけでも聞きたい。


「………そうか。俺は……」


報告するつもりなんて、無かったんだ。俺の心は―――ここに来ればあんたに逢える―――そう感じて来
ただけなんだ。

『報告する』なんてただの言い訳。

俺の心は2年という時が流れても―――エアリス、あんただけを求めている。




ぴしゃ……ん……。





静寂を破る様に水が撥ねた。小鳥たちが喧しく鳴き始める。

ふわっ……と柔らかい風が俺の頬を撫でた。その風に含まれる花の香…。


「………エ…ア……リス……?」



確かに今……エアリスを感じた。

俺は、走り出す。




エアリスの香がする方へ。

俺の魂が指し示す方へと。



「エアリス!!」




此処はエアリスを水葬した泉。カダージュたちとの闘いがまるで嘘のように静けさを取り戻している。

一つだけ、以前と違うことは泉の周囲に教会の―――エアリスの花が咲き乱れていた。


―――香の原因はこれ…………か……。


眼を閉じてゆっくりと息を吸う。

……あぁ……抱きしめたあんたの香がするよ……。

眼を開ければまた、エアリスが後ろに立っているような気がする。
今度はあの時みたいに迷わない。

それが例え自らがエアリスと同じ黄泉の住人となることだとしても俺は躊躇わないだろう。

今、あんたが後ろにいるのなら抱きしめて口唇を塞いで………もう離れないと、絶対に守ると誓うよ。

俺は祈りにも似た気持ちでゆっくりと振り返った。

―――あんたは、いない。


俺の眼からは涙が零れた。

―――クラウドったら。泣かないで……。

風に交ざり聞こえた声。
――これも俺の望みが聞かせた幻聴か―――?



PPPPP!



静寂を打ち破るように携帯が鳴った。

俺は舌打ちし、携帯をポケットから出した。
『圏外』の文字。携帯を開き受信歴を確認する。―――今日は誰からもかかってきていない。



PPPPPP!



また鳴った。だが俺の携帯ではない。

―――何処だ?

俺は耳を澄まし音の方へと歩き出す。





泉の傍に、それは落ちていた。俺がカダージュたちとの闘いで落とした携帯。その携帯が鳴っているのだ。
俺は恐る恐る携帯を拾った。『非通知』の表示が出ている。


「………」


俺は携帯を開いた。震える手でボタンを押す。


くすくす……くすぐったいような声。俺がずっと―――ずっと聞きたかった、声。

「………笑うな…」

『だって。クラウド、子供みたい』

「……エアリス……どこにいるんだ?会いたい…」


『やっと、見つけてくれたね。もうなくさないで、ね』


一方的に告げ電話は切れた。

「エアリス?エアリス!!」

いつもいつも……本当に大切なものは指をすりぬけてしまう…。

「エアリスーーー!!!!!」


俺は狂ったようにリダイヤルボタンを押した。何度おしてもそれは応えない。

「……エ…アリ……ス…」

何かエアリスの痕跡が残っていないかと、携帯を見る。

留守番電話が何件か録音されていた。俺は期待を込めて再生ボタンを押した。

―――ティファ、リーブ、バレット、ユフィ、シドからの電話。皆、俺を心配してかけてくれている。

だけど………。

―――違う。俺が聞きたいのはこれじゃない。

俺は留守電を片っ端から消去した。最後に残った録音を再生する。
ノイズ。そして鳥の声。水の流れる音。


………これは………これを録音したのは、ここだ。

忘らるる都―――ここ以外は有り得ない。


――あぁ。このノイズが邪魔だ。



『……悪く思ったこと、1度もないよ。来てくれたでしょ?………』



柔らかく微笑む息遣いが聞こえた気がした。そしてその笑顔までもが脳裏にはっきりと浮かぶ。



『……それだけで、充分』



あぁ………エアリス…………!

俺は溢れ出る涙を拭うことすら出来なかった。

「……エアリス……」

優しい風が俺を包む。

「……エアリス……。いつかまた……会えるのか?」

風が俺の頬を撫でた。まるでエアリスが俺の頬を包み込むように…。

応えは、ない。

だが俺は、小鳥の声の中に、水のせせらぎの中にエアリスが笑う声を確かに聞いた。

―――あぁ。もうなくさないよ。絶対に。


これはきっと……俺とあんたを繋いでくれると信じることが出来るから――――。



end



2006.9.23up