<広がる波紋>



発展家として高名な、テセアラの神子ゼロス・ワイルダーが婚約した―――――そのニュースは一
晩で世界中を巡った。

社交界の華と言うべき彼が婚約した相手は姫君でもなければ貴族でもない―――なんと、ミズホの
民だと言う。

その広がる波紋は果てしなく、今最も熱い話題となったのだった。




―――はぁ〜…。

話題の中心人物の一人である藤林しいなは溜息をついた。

「……ねぇねぇ。しいな。それってマリッジブルー??」

金色の髪の少女が人差し指を立てながら、聞いて来た。

「は?」

しいなはキョトンと目を開く。

「……だって、さっきから溜息ばっかだよ〜?」

「……そ……!そんなこと……」

あるかも。

「この時期はいろいろ不安になったり〜不安定になるんでしょ?…あの……生理の前みたいに」

「………コレット。それ誰に聞いた?」

しいなは、低い声でたずねた。無論、そんなことを察するコレットではない。

「ん?ゼロス」

「……あいつ……ぶん殴ってやる!」

「ダメだよ〜!ゼロスは旦那様なんだから〜。ミズホの人達って旦那様のこと『ミツユビ』ついて待って
るんだよね〜?あと、三歩後を歩くんでしょ??……ところで『ミツユビ』ってなぁに?」

「………やっぱりあいつをぶん殴る!!」





―…―――……――――‐‐‐‐






とは言ったものの。

屋敷に着けば、つい料理の一つもしてしまう。

セバスチャンに任せていいのに…と言われても、どうも性分なのか出来ないのだ。

『美味い』と言われれば嬉しいし、自然とゼロスの嗜好を覚えそれに合わせるようになってしまった。

そしてゼロスの帰りを待つ――――思う壷……かも……。

今でも、騙されている気がしなくもない。しいなとて、好意があってゼロスと付き合っていたわけだが、ゼ
ロスはあのような男だから―――他に女がいても、しかたない……と諦観に似た気持ちがあった。


大体、身分が釣り合わない。ゼロスは貴族でその中でも王家に次ぐ権力を有する名家の出身だ。ゆくゆく
はそれこそ姫君か貴族のお嬢様と結婚するのだと思っていた。

対して自分は……親すら判らない―――どこの『馬の骨』とも知れない人間だ。

―――そして、しいな自身の能力から――――召喚と言う極めて稀な能力は―――近しい近親者に間違
いなくエルフがいたのだろう。

―――もしかすると見たこともない父か母はハーフエルフだったのかもしれない……。

彼の母を殺したハーフエルフ。

……今、彼がそんなことを気にしないとは解っているが、それを思うと背筋が冷たくなる―――そんな気がした。



勢いで、うん、と言ってしまったけれど………。

ゼロスはしいなをからかって喜ぶようなところがあったから―――――。

他にも不安はある。

しいなはミズホの頭領だ。裏稼業を主に行っているミズホの民の頭領が………有名になってはどう考えてもまず
い気がする………。

彼の異母妹セレスともうまくやっていけるか不安だ。

だが、なにより不安なのは―――――……




「しーいなっ!」

「きゃ!!」

後ろから、突然抱き着いてくるゼロスにしいなは悲鳴を上げた。

「……なっ!…ゼロス!帰ってきたらまず挨拶だろっ!!」

「なに言ってんだ!まずはハグだろ!!……あ、なんならちゅうでもいいぜぇ〜?」

言いながら口唇を突き出して来たゼロスの顔を思い切り突き飛ばした。

「いってーな〜。ダーリンにこの仕打ちはないでしょーよ〜」

―――いつも、ゼロスは明るい。どんなに辛いことがあっても彼はそれを隠して殊更明るく振る舞うのだ。

昔よりは、ゼロスの心を読めるようになった……と思う。

だがゼロスの察しのよさに比べあきらかにしいなは、ゼロスの感情を読み取れてはいないだろう。

いつもゼロスがしいなに言う『鈍い』と言う言葉―――それは間違いないのだから。

………ふわり…とゼロスの腕が伸びて来た。

あ……と思った時にはもう、ゼロスの腕の中に捕らえられていた。

こつん…と額を付けられる。

「…な〜に、黄昏れてんのよ〜?」

間近で見つめられて、いやでも胸の鼓動は早くなる。

「……黄昏れてなんか……ないよ……」

「うーそーつーけー。どーせ嘘なんて俺さまにつけっこねーんだから……言ってみ…?」

『あたしだって嘘位つけるよ!』……と言おうと思ったが、あまりに近いゼロスの灰蒼の目に見つめられて、言葉を飲み込む。

―――確かに、嘘なんてつけないのかも………。


「………あたしは……あんたの支えになれる……?」

――――何を考えているのか解りづらいゼロスだから――――。

――――あんたが、いつもさりげなくあたしを支えてくれたみたいに、あたしはあんたを支えることが出来るんだろうか――――?

――――それとも、あんたはそんなことなんてあたしには求めてないんだろうか………?

――少しでも、彼の支えになれていると解れば、きっと周りにどんな波紋を広げようと、きっと乗り越えていけると、そう思うのだ
が…………。





ぎゅっと、ゼロスの腕に力が篭った。

「やっぱりお前、ばっかだな〜?」

明るい声で言うゼロス。

「……!」

やはり、彼はそんなこと、必要だとは思ってないのか―――涙が滲んだ。

だが、ゼロスはゆっくりと低い声でしいなの耳に囁いた。

「……しいなはずぅっと前から俺を支えてくれてたぜ?」

「……えぇっ?!」

思わず素っ頓狂な声が出た。

「ほ……本当?!」

「こんなこっ恥ずかしいことで嘘つくか〜!………しいながいたから、俺は戻って来れたんだ。……しいながいた
から、俺は生きてるんだ………」

心なしか、ゼロスの声は震えていて。顔を見ようとしたらより強く抱き寄せられた。そして、ゼロスは囁く。

「……ありがとう……」

堰を切ったように、涙が溢れた。

「……何があっても守るから……これからも、俺を支えてくれよな…?」

二人の決意が、どんな波紋を広げようと―――しいなは深く頷いた。





end




2006.11.8up

2008.5.11
ひっそりと修正。実は携帯版の1p分丸々抜けてました(笑)変な話〜と自分で思っていたよ(バカ)