02,微熱
いつもとは、違う……。
うまく言えないけど、朝からずっと違和感を感じていた。
<微熱>
「……ファリス」
「……ん」
振り返るファリスの瞳の色がいつもとは少し違って、焦った。妙に潤んでいて―――かげりがあって……。
『なんか変だぞ。お前…』
―――そう言おうとしたら横からレナがすいっと現れて、ファリスの額に掌を当てた。
「姉さん!熱っぽい!!」
「……えー?ねーよ…熱なんてー……」
ファリスは首を振る―――だが、その動きは緩慢でいつもの敏速さはない。
「バッツ。姉さんをおぶって」
「「はっ!?」」
レナの突然の発言に俺とファリスは凍りついた。
「ばばばばバカ言ってんじゃねーよ!!そ、そそそそんな必要はねぇっ!」
ぶんぶん首を振るファリス―――レナはその中の一言を聞き咎める。
「……バカ?」
「いやあの……そーじゃなくて……」
「ほら。さっさと背負いなさい」
わたわたと言い募るファリスを軽く無視し、レナは俺に言い渡した。
すげぇ……流石、姫……。ちょっとだけ……怖い……。
「はい」
俺はファリスを無理矢理背負った。
「うわっ!なにしやがる!!」
「なにって……レナの好意だろ」
「……」
ファリスは渋々と言った感じで俺の肩に腕を回してくる。
「……寝てていーぜ?」
「寝るか。バーカ」
「いつからだよ?」
「……んー……朝、から」
朝か……俺の違和感は間違っていなかったわけだ。
「レナお姉ちゃん、よく気付いたねー」
―――俺だって、気付いてたぞ。
クルルの台詞に内心答える。口にするのは子供みたいだからやめといたけど。
「今日は早く宿をとって休みましょう」
「そうだな」
背中のファリスを見ると―――すやすや眠っていた。
「ったくこんなんでオーバーなんだよっ!」
特別にとったスウィートルームでファリスは叫んだ。………ベッドの中で。
「オーバーか?」
「だってスウィートなんかいつも泊まらねーだろ?!」
「うーん……でもさ?」
「なんだよ?」
「レナが風邪ひいたら、どうする?」
「バカ。決まってんだろ。いい部屋とって医者呼んで――……」
「ほら。大して変わらない」
「……………」
ファリスはぺしっ!と俺の額を叩いた。
「俺とレナじゃ全然違うだろーが!それになんでお前ここにいんだよ?」
「なんでってファリスがクルルとレナの出入りを禁止するからだろー?」
「あの二人にうつったりしたら大変だからだ。お前だってうつったらどーすんだよ?」
「んー……ほら、ファリスよく言うじゃないか?バカって。バカは風邪ひかないってね」
「………バーカ」
顔をそらすファリスの顔が少し紅くて、俺は顔を近付けた。
「!」
額を直接くっつけて温度を確かめる。
―――まだ少し、熱い。
「まだ微熱あるな……」
「……っっっ…!!」
微熱よりも高熱のありそうな顔のファリス――――。
「あれ?どーした??さっきより熱そう……」
「知るかっ!!」
ばふ、と音を立てベッドの中に沈み込む。
「寝るっ!!」
そう言ってファリスは目を閉じた。
ブランケットを肩まで上げてやって、髪を梳く――――さらさらした手触りが気持ち良くて目を細めた――……。
『……バッツ』
けほけほ、と咳込む俺――――その背中を優しく撫でてくれる手。
『かあさん……』
そうだ。俺を見つめる優しい目―――母さん……。
『……バッツ……』
そうだった……風邪ひくと、こうやって母さんがずっと横にいてくれたっけ……。お粥作ってくれたり、薬飲ませて
くれたり……。
あったかくて、安心して、気が付くと寝ちゃって起きたら治ってたよな……。
「……ッツ!」
……え??
「バッツ!!」
――――急速に俺の意識は覚醒して行った――……。
ばしばしばしっ!!
「寝てんじゃねー!!」
「……いてぇ……もーちょい優しく起こせよー」
「バカっ!!なんでお前が寝てるんだっ!!」
「……」
どうやら俺は、ファリスの髪に触れながらベッドに突っ伏して眠ってしまったらしい――……。
ファリスの髪の触り心地が良くて眠くなりました―――とは流石に言えず、俺はのろのろと身体を起こした。
ぞくぞくと立ち上る寒気に身体が震える。
「……あ……れ…?」
「バッツッ?! お前、熱あるぞ!」
「バカ!!お前はどーしよーもねー大バカだっ!!一緒に風邪ひいてどーするっ」
ファリスの風邪がうつったのか?はたまた居眠りなんかしたからか?俺はファリスの隣の簡易ベッドに泊まらざ
るを得ない状況になってしまったのだった。
「……すんません…」
「バカバカバカバカバカっ!!」
「んなことゆーなよー?さみしくなくていーだろー」
「………」
騒いでいたファリスなのに、ぴたりと口をつぐんだ。
くるりと身体を反転させ、俺に背中を向ける。
「……海じゃさ、風邪ひいた奴は狭い部屋に閉じ込められるんだ……。狭くて暗くて臭くて………怖くて寂しかっ
た……」
「………」
ぽろりと零れた本音にファリスの孤独を垣間見た。
だから、手を伸ばした。
指先が絡む――――拒否するかと思ったが、ファリスは拒否しなかった。
「……俺がいるよ。これからずっといるから」
「……けっ!!じょーだんじゃねぇ!俺はお前にうつしたから先に治るんだっ!お前は一人で寝てろ」
そのつれない口調とは裏腹にファリスの指先はきゅっと俺の指先を掴んだ。
その指先から伝わる微熱が妙に愛おしくて俺も、指に力を込める――――。
この些細な一時を、いつか、温かな思い出として思い出して欲しい、なんて。こっぱずかしくて言えないけど。
指先に温もりを感じて俺は眠りに落ちて行った……。
「……ん。平熱」
「えー!まだ熱っぽいって!!」
「いや。俺はもう平熱だ。お前は一人で寝てろっ!」
そう言って俺の前からさっさと立ち去ろうとするファリス―――俺は、ファリスの手首を掴んだ。
「て、てめぇー!!はなせー!!」
end
「レナー。どーするー。キリがないよー?あの調子じゃーどっちもいつまで経っても治らないよ」
「んー……困るわねー。この薬試してみようか?」
「……レナ。調合の練習……??」
end
2007.10.28up
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