そのままでいて
変わり行く世界の中で、変わらないものなどいくつあるんだろう?
でも、思うんだ。
お前には変わらないでいて欲しい、と。
<そのままでいて>
「レナ様。サーゲイトからの使者がまた参りましたが」
私は思わす眉をしかめた。
「……随分としつこいわね…」
第1世界と第2世界が一つになってから世界は一見平和を取り戻した。
そう……無はなくなり、エクスデスは滅び去った。
滅亡の恐怖は消えたのだ。
でも……………。
今になって私は改めて思う。
真の脅威とは人の中にこそあるのではないか……と。
二つの世界が一つになったことにより、人は単純に倍になって、今まで漠然と決まっていた国境が乱れた。そのことから始まる
小競り合いに国同士の駆け引き―――そもそも国王をなくし、後継ぎのなかったサーゲイトは生臭い事件を経て新王が誕生した
と聞く。
国王を失い国力の弱ったタイクーンならば御しやすいと思っているのだろう。
少し前から‘友好条約’と言う名でタイクーンを隷属国として縛ろうとそれはそれはしつこかった。
丁重にお断りしたと言うのに。
「……お通しして」
「……は」
ややもすると以前も来た使者が現れた。
「これはこれはレナ様、変わらずの美しさ、このバルド感動しております…それと言うのも貴国タイクーンの豊かな…」
永遠に続きそうな美辞麗句に、私は冷ややかな笑みを送った。
「バルドさんも相変わらずよくお話になってお元気そうでなによりですわ」
さっと青ざめる使者の顔を冷静に見つめ言葉を進める。
「……それで、御用件は?」
「……友好条約のことで」
思わず、笑ってしまった。
「残念ですわ。以前もお話しましたように、我がタイクーンはバルと既に友好条約を取り結んでおります故」
「……ですがっ!我がサーゲイトの国力をバルと比較して頂ければその差は歴然と……!」
「勘違いをされているようですね」
話を遮り、私は笑った。
「私は国力を頼りにバルと条約を結んだわけではありません。バルが真に信用に値する国と分かっているから条約を結んだのです」
「サーゲイトが信用に値しないと言うのですか!?」
「……さぁ……?ただ、全てを武力で解決しようと言う国は何処も信用出来るとは思いませんが」
「………っ……!」
「それに我が国は、我が姉の率いる世界最強の海軍があることもお忘れなく。エクスデスをほろぼした英雄を、私たちは味方にして
おりますから」
********
「………」
ふぅ……と私は溜息を零した。私の体重を受け止めた古い椅子が、きぃ、と小さな音を立てる。
この椅子―――父がずっと愛用していた椅子。
昔はここに座って政務を行う父の膝に乗るのが大好きだった。
誰より国を愛し、そして家族を愛した父。
今ではこの椅子は私のものになった。
――――私は変わった。
私の中にある核の様なものは、なにひとつ変わらない筈だけど―――。
変わらずにはいられない自分を自覚する。
亡き父に似て来た―――そう言われるのは誇らしくもあり、一方で寂しくもある。
―――私は父のようになれるのだろうか……。
国を動かし、母の治療法を捜し―――私にはとても出来そうにないわ。きっと、逃げ出してしまう。
それでも。
私は書類を広げた。
お父様に追いつける日など、来はしないだろう。
それでも、私は変わって行くのだろう。
願わくば、父の様に。
ふぅ……と息を一つ吐き出して、私は窓の外を見上げた。
広がる雲一つない蒼い空。
この色を見ると、あの人を思い出さずにはいられない。
無茶ばかりする人だから、怪我をしていなければいいけれど。
そして変わり行く自分を棚に上げ、身勝手なことを思うのだ。
あの人は変わらずにそのままでいて欲しい……と。
―――バッツ………。
************
「もう少しだけ高く上がって!」
きゅう!と短く返事をして、飛竜は高度を上げた。
そこに広がる地形は以前知っていたものとは全く違う。
「……」
一体どうなって行くんだろう……?
レナお姉ちゃんに会った時、世界が一緒になったから沢山のものが変わった―――そんな話をした。
レナお姉ちゃんは凄く綺麗になって、強くなったと思う。
そう言ったら、『守らないといけないものがあるから』と言って笑った。
私も………レナお姉ちゃんみたいになるのかな?――――なれるのかな?
私以外の王位継承者がバルにはいなかったから、私は形だけはレナと同じ女王さまになった。まだ私
は子供だからおじいちゃんが信用していた人が摂政になって、大体のことはしてくれているけど。
――――子供のままではいられない。
そんなこと解ってる――――だけど漠然とした不安。
変わらないといけない――――変わって行く自分。
以前はもっと聞こえていた声が聞こえなくなってきた。
身近なチョコボとか飛竜の言葉は解るけど、他の子たちの言葉がはっきりとは解らなくなって来た。
―――お母さんもそうだった、って聞いていたからいつかはそうなるだろう―――そう思っていたけど。
これが大人になることなら―――――なんて寂しいんだろう。
このまま自然の声が聞こえなくなって―――本音と建前を使い分けて、作り笑いが上手になって――
――。
「……嫌だなぁ…………」
そんなんなら、大人なんかになりたくないよ。
溜息をつくと、飛竜が心配そうに鳴いた。
「……大丈夫だよ…」
広がる青空に、私の呟きは溶けて行く。
「…………」
見上げた青空に、あの人を思い出した。
―――会いたいな。
空の色の瞳のあの人に。
きっとあの人なら変わらずに、「クルルなら大丈夫だよ」と笑ってくれるから。
*********
翳した自分の腕に驚いた。
生白くて、細くて―――これじゃまるで女の腕だ。
そう言ったらレナに『当たり前でしょ。姉さんだって‘お姫様’なんだから』
‘お姫様’――――その言葉を聞く度に、俺は自分でもなんともいえないわけの分からない感情に襲
われる。
―――そんな存在は、海賊をずっとやっていた俺にとって、最も遠いものだった。
なのに、俺はこんなところでお姫様を下手くそながらやっている。
海にもたまにしか出ないから、我ながら日焼けしていた肌もどんどん白くなっていく。
似合わないドレスも随分着慣れて、前みたいに裾を踏ん付けてこけることもなくなった。
「…………」
このまま、海から離れたまま、俺は‘ファリス’ではなく‘サリサ’になってしまうんだろうか。
俺の根本は‘ファリス’のままなのに。
‘ファリス’―――そんな奴は何処にも存在していなかったことになってしまう。
「………冗談じゃねー」
俺は‘ファリス’だよ。
誰か言ってよ。
‘ファリスはファリスだ’って。
「……………」
自分の思考に笑った。その科白―――何処かで言われた覚えがあると思えば、いつだったかバッツに
言われた言葉だった。
「………」
男でもなく女でもない不安定なアイデンティティをもつ俺は、その言葉にどれだけ救われたか分から
ない。
あいつは何処でどうしているんだろうな。
きっと親父さんと同じように、世界を旅しているんだろうけど。
変わり行く世界の中で、変わらないものなどいくつあるんだろう?
でも、思うんだ。
お前には変わらないでいて欲しい、と。
広がる青空に俺は大きく手を振った。
その願いが届くように祈りながら。
************
広がる蒼い空は変わらぬ穏やかさを湛えていた。
静かな風が頬を擽る。
平和を取り戻した世界。変わっていく世界。
色んな人たちが俺を引き留めようとした。一番親しい友は皆、俺を引き留めることはせず静かに笑って手を振ってくれた。
変わることのできない不器用な俺に皆笑って送り出してくれた。
俺は父と同じように世界を廻るだろう。きっとひとつの場所にとどまることは親父と同じようにできないのだろう。
きっと―――俺の役目は変わり行く世界をこの目で見つめることなんだ。
青空に親愛なる友を思い出した。
俺は変わらずにここにいるよ。
end
2008.8.12up
img 空と海の鐘
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