<Shirink!>
風の強い日だった。
強い風になびく髪にしいなは目を細めた。
……なぜだろう?この落ち着かない感じは??
<shirink!>
……これは、おそらく………。しいなは感じたままを言葉にした。
「……なんか、マナの流れが可奇しいね……」
ここはメルトキオとミズホの里の中間地点。ゼロスは和平の仕事の関係でしいなをミズホまで
迎えに来たのだった。
「……そうかぁ?」
ゼロスはしいなの言葉に首を傾げる。
魔法を使うゼロスでも、それはよく分からなかった。だが、召喚士であるしいなだ。ゼロスよりも
マナの流れには敏感な筈だ。おそらく、この場所のマナの流れは異常なのだろう。
「……長居は無用、ってか。早く行こうぜ〜」
ゼロスの言葉にしいなは頷き、レアバードを取り出した。が。
「………エンジンがかからない…」
「は?!」
「……前から調子悪かったんだ…どうしよう……」
「どうしよう……ってどーしよーもないでしょーよ」
ゼロスは嘆息し、自らのレアバードを取り出した。しいなの表情が険しくなる。
「…なに怖い顔してんだよ」
「……ゼロス。あんた、あたしをここに置いてく気かい?」
非難の目で睨んで来るしいな。
「…うわ〜。ムカつく〜。俺さまのレアバードに乗せてやろーと思ったのに〜」
冗談めかした口調で言った。怒号の3つとげんこつでも飛んで来るかと思ったが………。
しいなは首を振った。
「……嫌な予感がする。早く、行こ?ね?」
しいながこんなことを言うのはかなり珍しい。嫌な予感は本当なのだろう。
ゼロスは頷いた。
風が強い。レアバードは軽量な分、風の煽りをもろに受ける。2人乗りの分、バランスもとりづらい。
――あぶねぇな……。
ゼロス一人ならまだしも、しいなを事故に巻き込むわけにはいかない。
『一度、降りて風がおさまるのを待とう』……と言おうとした刹那、強い風が吹いた。
「!」
駄目だ。耐え切れない。
「…しいな!!」
ゼロスはしいなの頭を抱え込んで、ぎゅっと目を閉じた。
ぺしぺしぺし。
何かが頬を叩いている。まるで小動物が叩いてるようだ……。
ぺしべしぺし。
「〜い!しいなってば!起きろよ!妖怪暴力鬼女!」
その失礼極まりない呼び名を呼ぶ者はテセアラとシルヴァラントが一つになった今でもただ一人だ。
「うるさい!!アホ神子!」
こちらも、とばかりに相手の呼称を叫び、起き上がった。
「うわぁ〜!!」
上がる悲鳴に、辺りを見回す。ゼロスはいない。
「……あれ?ゼロス??」
「しいな〜!!こっちだ!下!」
しいなは視線を下にやった。
「…………」
寝ぼけているのだろうか…?
瞬きを数回して、しいなはしゃがみこんだ。指先で『それ』をつまみあげる。
「…もうちっと丁寧に扱え!!」
『それ』はふてぶてしく、言った。そうまるで、ゼロスのように。
ただ、サイズが違い過ぎる。手の平サイズ??
………見た目はコリンと同じ位か…?神子さま好きの女たちは大喜びかもしれない…。
しいなは小さくなってしまったゼロスをつまんだまま溜息をついた…。
「…いったいどうしちゃったんだい?」
「しらねーよ!……とにかく、ここを離れようぜぇ」
しいなはレアバードに目をやった。さっきの強風で翼が歪んでしまっている。使い物にはならなそう
だ…。
「………」
あれだけの強風でレアバードから落ちて、どうして自分は無傷なのだろうか…。確かあの時、ゼロスが
自分を庇って………?しいなはゼロスをぎゅっと握った。
「ぜ…ゼロス!?あんた怪我してないのかい?!」
「ぐわぁ〜!!死ぬ〜!!」
ゼロスの叫び声にしいなは、ゼロスを握っていた力を緩めた。
「なにすんだ!」
憮然とするゼロスの小さすぎる顔を覗き込む。
「だって…あんた、あたしを庇って…」
不覚にも、ゼロスがしいなの頭を抱え込んだ時、胸がかなり早い鼓動を刻んだのだ…。
まさか、あの時に―――。
『ごめん』と口にしようとした、その時、ゼロスが指先をしいなの顔に向けた。
「???」
「しいな〜。しみが出来てるぜ〜?ちっちゃいとよく見える…ぅわあぁぁ!?」
思い切り爪先で弾かれたゼロスは痛みに悶えた。
「しいな!殺す気かっ!?お前、自分が馬鹿力だってこともっと自覚しろっ!!」
「るさいっ!!行くよっ!!」
しいなはゼロスを片手で掴むと歩き出した。
……20分も歩いただろうか。
「……しいなぁ〜〜」
しわがれた声に、しいなは左手を上げてゼロスを確認した。ゼロスの顔色は…かなり悪い。
「どうしたんだい!?」
「……酔った………」
「…………」
そこまで大きく手を振った覚えはなかったが、ゼロスの小さい身体にはきつい揺れだったのだろう。
しいなの両手でゼロスはぐったりとする。
「……どうしよう…」
「…俺さま…どうせ運ばれるならそこにいれて…」
しいなの胸元を指すゼロス。
しいなは右手にゼロスを握り、大きく振りかぶった。
「…ぅおぉ?!冗談!しいなさん!冗談です!!」
「今度そんな冗談言ったら本当に放り投げるよっ!!」
「じゃ、じゃあ肩ならいいだろ!肩なら揺れもすくねーし!」
気は進まないが、手で持ち運ぶと本当にゼロスは酔うらしい。
「変なことしたら放り投げるからね!!」
言ってしいなはゼロスを肩に乗せた。
「……ところでしいな、どこに向かってんの??」
「……リフィルんとこ」
「あー。リフィル様ねー」
「……リフィルだったら、なんか分かるかもしれないだろ」
確かに博識なリフィルならこの珍現象を解決出来るかもしれない。だが、一抹の不安を感じゼロスは首
を傾げた。
「……俺さま、解剖されたりしない??」
「……………………………………………………………………………大丈夫。多分」
「間がなげぇよ!!」
感じた気配にしいなは振り返った。一つにまとめた髪がゼロスを強打する。ゼロスが文句を言おうとした
刹那、しいなが苻を取り出した。
――モンスターだ。
ふぅっとしいなは息を吐き出した。
ふと、我に返って辺りを見渡した。
「…ゼロス?!」
乗せていた肩にはいないので、おそらく戦いの時に振り落としたのだろう。まさか…踏み潰してはいな
いだろうか……。
不安を感じ、しゃがみこんで草むらにゼロスの影を探す。
……あの大きさでは肉食動物に補食されても不思議はない…。
「……ど…どうしよう…」
「心配しなくても大丈夫だぜぇ?」
意外に近くに聞こえる声。
「何処っ?!」
「こっちこっち〜」
胸元に感じる違和感に嫌な予感を感じ、おそるおそる目を下ろす。
「でひゃひゃ…ここはサイコーだぜ!」
案の定、ゼロスはしいなの胸の谷間におさまっていた。
「……あんたって奴はぁー!!」
「やめろぉ!俺さま、ここから出たくない〜!!」
「投げるよっ!?」
「それはマジで死ぬっつの!!」
「……ふむふむ……」
いつになく熱い目で見つめて来るリフィルに、ゼロスは愛想笑いを浮かべてみる。
「……リフィルさまぁ〜。そんなに熱く見つめるなんて、よーやく俺さまのミリキに気付いた??」
「…実に興味深い!」
「あ、やっぱり?」
「マナの流れが大きく変わった影響か?…いや、しいなはなんともなかった…。これはもしかすると、神
子と言う個体の特殊性を解明するための……?!」
大きな声で独り言を言い始めたリフィルの前から、座っていたしいなの肩に飛び移る。
「……おいっ!?やっぱりこの流れやばくねーか?!」
「……1回、解剖してもらったら少しはマシになるんじゃないかい?」
「…うわ〜…。しいなの鬼ー!」
「ゼロス!!解剖させてくれ!!」
「「やっぱり…」」
2人の声はぴったりと合った。
「私は以前から、神子の特殊性に興味があった!だがさすがにコレットを解剖するのは忍びないと思っ
ていたのだ!」
「……俺さまなら忍びなくねーのかよ…」
「頼む!!これも魔法学の進歩のためだっ!」
「うわぁ!冗談じゃねぇ!!元に戻ったらお医者さんごっこでも看護婦さんごっこでも付き合うからっ!!」
ゼロスはしいなの耳にしがみつく。
「いたっ!!痛いってばっ!」
「…嫌だー!あのマッドサイエンティストをなんとかしろー!!」
「………」
しいなは、リフィルを見た。深い青色の目はキラキラと輝いている。知的好奇心で。
「……あのー…リフィル??」
「なんだ? お前が止めても私は解剖するぞ?」
「……分かったよ」
「分かるなってば!!」
「……でもどうせ解剖するならこんなちっこいのよりも普通の大きさの方が良くないか?」
「……うむ。確かに。このサイズなら顕微鏡が必要だな……」
「……どうせなら普通サイズでやればいいじゃないか?……おまけも付けるよ」
「おまけ??」
「あんた、あたしにも興味あるんだろ? …召喚士としての」
「ある。更に言えばミズホの苻術の原理にも興味がある」
リフィルはがばっとしいなの手を握った。
「……こいつを元に戻す方法を見つけたらあたしも解剖するなりしていいよ」
ゼロスはぎょっ…としいなを見上げた。しいなの目は真っすぐで迷いはない。
『何バカなこと言ってんだよ』と言おうとした、がそれよりも早くリフィルが叫んだ。
「本当か?!」
「ほんとさ。ミズホの民に二言はないよ」
「……よし。今からエルフの秘薬を調べて来る!!」
リフィルはすごい勢いで走って行った。
「「…………」」
「おい…いーのかよ?あんな安請け合いして!俺さまは解剖なんて絶対嫌だからな!」
ゼロスは険しい顔でしいなを睨んだ。しいなはくすり、と笑った。
「あたしはいつ、なんて一言も言ってないよ」
「……?」
「リフィルは長命なハーフエルフだ。あたしが死んだ時、解剖しようとあたしの知ったことじゃないよ」
「……あ。そーゆーこと…。バカヤロー。ちょっと感動しちゃったじゃねーか。俺さまの感動を返せー!」
「??なんであんたが感動するんだよ??」
きょとんとするしいなに溜息を付いた時――――足音が聞こえた。
「見つけたぞ!!エルフの秘薬の中に―――………………
「……ぅうぅ…最悪だ…」
ゼロスは呻いた。リフィルの処方したエルフの秘薬は確かに効き、ゼロスは元の大きさに戻ることが出来
た……が。
秘薬は確かに効果があった。だが身体は急速な変化に耐え切れなかったのかゼロスは身動きできなくなっ
てしまったのだった。
「……まぁ良かったじゃないか。リフィルの興味もあんたから薬に移ったみたいだし?」
近付いて来たしいなを視界の端に確認し、ゼロスは立ち上がった。少しふらつくゼロスをしいなは支える。
「無理すんじゃないよ!」
「……しいな」
呼ばれて、ゼロスを見上げる。いつもにない真剣な色を浮かべた瞳に射抜かれたように動けなくなった。
……にこり、とゼロスは笑う。それはいつものバカ笑いとは異なる少年のような笑顔。
「……やっぱり、この角度だよなー」
「角度??」
「おぅ。胸の谷間にいるのも、肩んとこから胸の谷間見るのも良かったけどよー」
『アホ神子!』と叫び、拳を振り上げようとした時、抱きしめられていた。
「……俺さまはやっぱり、この角度とこの感覚が合ってるみたいよ?」
「……バカ…」
呟いてしいなはゼロスの背中に腕を回した。
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end
2006.8.18up
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