<Zero>
―――はぁ……。
誰にも気取られぬように溜息を零した。
――――誰にも気付かれてはいけない。
笑え。
笑え。
優雅に。美しく。
―――それだけで、世の中なんて渡っていける。
何故なら俺は選ばれた人間だから―――。
『神子様』
―――聞き慣れた呼び名。
俺の名前は『ミコ』じゃねぇっつの。
だが俺は笑う。
言ったのが男なら相応の対応を――――女なら歯の浮くような台詞の一つや二つ言えばたやすいもんだ。
―――この嘘ッパチの世界で生きていくなんて、簡単。
――みーんなバカばっかりだ。
―――そー思う俺が1番の大バカだけどな。
あぁ………何故だろう。息が詰まる。
――――あんな女を知っちまったからだろーか……。
しいな………。
好きとかそんな甘い感情、俺は知らない。知っているのは嘘とか疑いとか憎しみとか。
―――ネガティブな感情ばっかじゃねーか。
そんな俺の暗い部分を意識しないではいられない女……ってかガキなんだけど……だった。
女なんて簡単――そう思っていたけれど。
『このアホ神子!!』
―――ミズホの小娘にアホ呼ばわりされ、殴られる―――今までにない体験だった。
――――面白い。
そう思ってしまったのが運のつきか―――俺はしいなをちょこちょこからかうようになった。
過剰な反応を示す上、頑ななまでに俺に靡かない態度―――――時折見せる、驚くような暗い瞳――およそ年
齢に不似合いな。
―――そう、それは甘い感情ではない。
ただの興味だ。
どこか俺に似た目を持つ女への。
貴族ばかりの肩のこるパーティー……―――しいななら、こんなパーティー『やってらんないよ!』とか言っ
て消えてしまうのだろう――――。
――「神子様……?」
呼ぶ声にはっとした。
パーティー中に呆とするなんてなんて失態……。
俺は声をかけてくれた女に微笑みかけた。
―――誰だったけか〜?
とりあえず。
誰に言っても大丈夫な呼び名―――――「やぁハニー。今日も可愛いね」
―――直ぐさま顔を赤くする女―――単純な奴。
「――お疲れのようですけれど……大丈夫ですの?よろしければあちらで休みませんか……?」
「…………」
―――分かりやすい女の誘い。
――据え膳喰わぬは男の恥――ってアホなこと言ったのはどこのどちら様だか。
「……あ〜…。そーだな」
女の言葉に頷いて――――。
歩き出したけれど。
「…やっぱやめとくわ〜」
「……!!」
女の顔が引き攣る―――その様を面白く眺めながら俺は続けた。
「あったま痛いから家に帰る〜ごめんね。ハニー?」
襟元を緩めながら階段を下る。
叫び出したかった。
―――ここでそんなことしたら神子発狂とか言われてセレス同様幽閉されるのがオチだけど。
――――会いたい。
どうしようもなく。
しいなに。
―――ミズホのど田舎でも。テセアラにはない砂漠のど真ん中でも。それこそ雪降りしきるフラノールの雪原のど真ん中
でも構わない。
――しいなに会いたい。
会えばどうなるわけじゃねぇ。
しいなは俺を癒すわけでもなんでもない―――むしろ本当の自分を刔り出されるようなのに。
―――けれど、しいなに会えば、本当の自分になれる気がした――まやかしかもしれないけれど。
―――嘘と欺瞞に塗れた俺をZeroにしてくれ。
神子でも貴族でもないただの『ゼロス』に。
醜くても見苦しくても構わない。
―――Zeroになりたいんだ。どうしようもなく――――――。
「……ゼロス……」
呼ぶ声に振り返った。
そこに立っているのは――――俺は口角を上げた。
貴族連中が見ている中、強引にしいなを抱きしめた。
―――明日には噂になってるだろーな――――放蕩神子の火遊び程度にしかとられないだろーが。
そして、しいなは仕事がしづらくなるに違いない――知ったことか―――――なんて利己的な俺の感情―――やはりこれ
は愛とか恋とかじゃないんだ。
「……なっ……なっ……」
驚きの余り声すら出ないしいな。
「―――………」
好都合だ。
俺はしいなを更に抱きしめた。まやかしでいい―――俺をZeroにしてくれ。
ばしーんっ!!
「なっ…なにすんだい!!この変態!!!」
「……ハグしたら変態になんのかよ〜?」
「恋人でもなんでもない女をハグする奴はただの変態だよっ!!!」
―――そういう理論か。
「……じゃあ俺さまのハニーになってよ?」
―――俺のものにしちまえば――――こんな焦燥は感じなくて済むのか?分からないまま言葉を紡いだ。
「俺のものになっちまえよ……」
顎を強打するアッパーカット―――凄まじい目付きでしいなが俺を睨み付けていた。
――――なんて生意気な瞳――――そう思った。
けれどその瞳にそそられる自分―――俺ってこーゆー趣味なかった筈だけど。
「あたしは生憎『もの』なんてごめんだよ!ふざけんのも大概にしな!!」
「……は……ははっ…」
―――そりゃ、そーだ。
そんな当たり前のこと―――言われなきゃ分からない俺が最高のバカだ。
「……しいな…」
「なんだい!?アホ神子!!」
「俺さまやっぱりしいながいないとダメかも〜」
「はぁ!?あんた、人の話聞いてるかい?!」
「しいな〜。俺が誰だか言ってみて?」
「…は?とうとう自分の名前すら忘れたかい??」
「……いいから言ってみてよ」
「……ゼロス?本当に大丈夫?さっき強く殴り過ぎた??」
―――俺はお前がいないと……『ゼロス』にはなれないから。……誰も俺の名前を呼ぶことも見ることもないから。
もう一度殴られるのを覚悟の上でしいなを抱きしめた。
―――Zeroにしてくれ。
俺を。
そうでなければ、俺は、全てをZeroにしてしまいたくなるから。
――俺がそんな大それたことを思わないように、俺を抱きしめてくれよ――――――――?
end
2006.12.8up
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