<Story>
…………雪が、降っていた。
しんしんと、降り積もって行く。
はぁ……とゼロスが弱々しい溜息をついた。
『大丈夫?』……そんな言葉すらかけられない程に辛そうだ。
あたしはせめて雪がゼロスの視界に入らないようにカーテンを閉じようと窓に近付いた。
「…しいなぁ…」
「?」
呼ぶ声に振り返った。
ゼロスはソファーに座ったまま手招きする。
―――カーテンを閉めようか、ゼロスの傍に行くか、少し迷ってゼロスの傍に行く。
「なんだい?」
ゼロスは何も言わず手招きするから、くっつくぐらいの傍まで近付いた。
―――ゼロスは何も言わず、あたしに抱き着いて来た。
―――――いつもだったら殴るとこだけど。
あたしは、ゼロスの背中に手を回した。
――――ゼロスの目は窓の外を見ている。
「………っとに情けねぇよな〜」
ぼそりとゼロスは呟いた。
「確かにねぇ。神子サマ好きのハニーが見たら泣くよ」
……ま、あのハニーたちはこんなゼロスを見ても喜ぶんだろーけど。
ごん。
ゼロスが頭突きしてきた。弱々しい力で。
「……お前なぁ……。こーゆー時は嘘でも『そんなことない』って、ゆーもんだろ〜?」
「……そんな嘘が欲しいならいくらでも言ってあげるよ?…………でも、あんたは、嘘つかなかっただろ?」
――――コリンの時も、くちなわの時も、ゼロスは『大丈夫』…だなんて一言も言わなかった。
『……裏切ったのはどっちが先か考えてみるんだな』―――言われた時は、猛烈に腹が立った。
だけど、その通りだ。
――――真実を告げる言葉は毒と痛みを伴ったけれど、現実を乗り越える力をあたしにくれた気がする。
「……あんた程、嘘が上手い奴もいないのにねぇ。妙なとこ正直だね」
「……………」
弱々しくゼロスは笑った。
「―――……ただ、雨が凍っただけだ。解ってんだけど………」
染み付いた恐怖は薄れることなんて、ない。
あたしだって、同じだ。
――――ヴォルトを使役するようになっても、ヴォルトを使えばあの光景を簡単に思い出す。
――――身体がすくむ。
きっとゼロスの脳裏にはあの日の光景が何度も蘇っているんだろう。
「……俺なんかが生きてていいのかな……」
ぎゅっと、心臓が音を立てた。
……弱々しい声だったけど、ゼロスは確かにそう、言った。
あたしはゼロスに回していた腕に力を込めた。
「…………あたしが言っても説得力、ないけど」
自信はないけど、伝えなくては……。
今。あたしの言葉で………。
「……あたしは生きてるよ。きっとあたしは許されないだろうけど……生きてる。……あんたのお陰さ」
「……………」
「……あんたは生き続けるよ。あたしと一緒でしぶといしね。『死ね』っていわれても死なないだろう………ね?」
「………」
ゼロスはあたしの肩に顔を埋めた。
………どれ位、そうしていたのだろう。
「…………俺さまみたいな薄幸の美青年捕まえてそりゃねーよ〜」
いつもの言い草に肩をすくめて、窓の外を見た。
―――雪はやんでいた。
「………ゼロス。雪、やんだよ」
「……え?」
ゼロスは顔を上げた。
目が赤いような気がしたけれど、気のせいだろう。
「……本当だ〜」
「……あの……雪もやんだことだし、そろそろ離してくれないかい?」
――思えばかなり、長時間抱き合っていたような気がする。
……冷静になると、恥ずかしくてしょうがない…。
「やだ」
ゼロスの言葉にあたしはゼロスを見上げた。
ゼロスはにやりと口角を上げる――――いつもの表情――――もう、大丈夫だ。
「しいなが優しいなんて滅多にねーし、この柔らかな感触をもうちっと……」
あたしは拳を固めた。
殴ろうと拳を振り上げると、突如ぎゅっと抱きしめられて呼吸すら苦しくなる。
「………俺は生きてく。それがあの人への、俺の答えだ」
低い声の呟き。
雪の日になれば、思い出さずにはいられないけれど、その記憶と共に生きていくしかない。
時が経って、傷の痛みは薄れるけど、時に古傷はどうしようもなく痛む日があるけど―――あたしと同じように。
「……苦しいっ!!」
呼吸の苦しさにあたしは、ゼロスの背中を殴った。
「あんたはあたしを窒息死させる気かい!?」
「…しいなが雪がやんだ途端に冷たい……また降らねーかな……」
「……バカなこと言うな!!帰るっ!」
あたしはゼロスの部屋のドアを開けた。
「……しいな〜。また雪が降ったら来てくれるか〜?」
口調は軽いが、ゼロスの目は笑っていない。
あたしは笑った。
「……あんたが雷の時にあたしのところに駆け付けて来たら考えてもいいよ?」
あたしだってたまには、あんたみたく上から物を言ってみたい。
「あ〜。その時は俺さまがしいなを抱きしめてやっからよ〜」
平然と返すゼロス。ムカついてスリッパを投げ付けた。
end
2006.10.16up
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