<Snow Smile>


――アイシクルロッジ。

ここは1年中雪が降り止むことはない―――。


――――雪の降る方向に手を翳した。止むことない雪は、積もって行くというのに手に降った雪はすぐに溶けてしまう。

――――ほら。やっぱり雪を掴む、なんて出来やしないよ。

でもここに来れば、俺は君のこと思い出す。

――不思議…だよな。一緒に来たこともないのに。

―――でも俺の中で生き続ける君のイメージは、今も鮮やかで。あの日のことを思い出すよ。


――――ニブルヘイム。

どうしようもなく沈んでしまう俺とティファ―――俺はどうしようもなく一人になりたくて宿を出た。

一人になりたいと思ったのは俺自身なのに――――どうしようもない孤独感にうちひしがれて―――そんな俺をエアリ
スは…探しに来てくれた。



『寒いね〜』

『………』

『クラウド……寒くない〜?』

『……冬はこんなもんじゃない』

『………そっか。クラウド……ここで育った、のよね?』



―――どうなのだろう…。

そう、思っていた……けれど俺の記憶に反して燃え尽きる前の姿を現している故郷――――食い違う記憶。混濁する
意識。俺を怯えた目で見るティファ。――――真実は何処にあるのだろう?俺は本当にクラウド・ストライフ……なのか…?

『クラウド!』

『……?』

『そんなに考えこまないで……ね? 楽しいこと、考えよ?』


――――楽しいこと……。そう言われても、今の俺には‘楽しいこと’なんて想像もつかない……。

『それにしても寒いね…』

そう言って肩を震わせるエアリスはいつもの格好にショールを1枚羽織っただけだ。

『……エアリスが薄着過ぎるんだ』

―――自分の外套をエアリスにかけてやろうか、でも大きすぎるし……。

『……だって。こんなに寒いなんて…知らなかった』

『……北上していくんだ。これからもっと寒くなる』



『そっか……コート買わないと…。クラウドの好みは?』

『俺の……好み?』

エアリスの唐突な言葉に俺は首を傾げた。

『だって、スポンサーじゃない!わたしにコート、買ってくれる、よね?』

『………風邪ひかれたら困るからな』

『も〜。素直じゃないな〜。ね、何色がいいかな?』

『………』

やっぱりピンクか赤……と言いかけて、俺は口をつぐんだ。

『……何色でもいい』

『……クラウド、何色が好き?』

『俺……?』

質問の意図がよく解らなかったが、とりあえず俺は答えた。

『……黒…かな』

『黒か〜。じゃ黒のコートにしようかな〜?』

『……やめとけ。エアリスに黒は似合わない』

『え〜?じゃあ何色ならいい?』

『……赤かピンク…』

―――にっこりとエアリスは笑った。俺の凍えた心がほどけるような暖かな笑顔。

『じゃあ、そうするね』

そう言ってエアリスは、俺の前を歩き出した。

『なんか…こーゆーの楽しいね?』

道を覆い尽くす落ち葉を華奢な脚で蹴飛ばしながら、エアリスは言った。

『……どこが…?』

意味が分からず、俺はたずねた。

『……眩しい夏が来て……木の葉が紅く色付く秋が来て…木の葉が落ちて寒い…寒い…冬が来る……そんな季節の変化
を感じながら、お散歩なんて素敵じゃない?』

『……どこが?』

『…どこが……って?』

『当たり前のことじゃないか。夏が来たら、秋が来て、冬が来て、春が来る………当然だ』

―――エアリスの機嫌が明らかに悪い、と言った表情になった。

『……そうかな。コスタみたいにずーっと夏のとこもあるじゃない』

『……まぁな。アイシクルロッジみたいにずっと冬のところもある』

『……ミッドガルみたいにずーっと季節すらないところもあるよ』

『………』

――――そう……か。

エアリスはずっと季節のないミッドガルで育ったんだ―――。

季節の変化が目新しいのは当然だ。



『……もしも……この旅が終わったら………』

『……この旅が終わったら?』

『……お日様、いっぱい当たるところ、住みたいな。お花をたくさん育てるの。春は春のお花。夏は夏のお花。秋は秋のお花が
咲くようにするの』

『……冬は?』

『うふふ〜。冬はね、雪のお花……雪を、見るの』

さく、さく……と俺とエアリスが落ち葉を踏む音だけが響いていた。

―――雪なんて、いいもんじゃないぞ……俺の呟きはエアリスの言葉で掻き消される。

『あ〜……寒い、ね』

エアリスが両手に息を吹き掛けた。俺から見れば小さな掌を擦り合わせる―――その仕草は本当に可哀相な位寒そうで………。

『……エアリス』

『なぁに?』

振り返ったエアリスの左手を俺は無造作に自分の外套のポケットに入れた。

『…!』

エアリスは少し驚いたようだが、すぐに俺の手に指を絡めて来た。

『えへへ〜…』

―――手を繋いでいるから、嫌でも近くなる二人の距離。

―――照れくさくて、俺はエアリスを見られなかった。そんな俺を見上げながらエアリスは笑う。

『……クラウド、真っ赤、だよ?』

――その言葉に更に顔が熱を持つのが分かった。

『うるさい!行くぞ』






俺は、エアリスの手を握って歩き出した。

――――しばらく進んで、エアリスが俺の手を引く。

『クラウド…早い…!』

エアリスを見れば、エアリスは息を切らせていた。精一杯俺に着いて来ていたらしい…。

『早いよ。もうちょっとゆっくり、ね?』

――――俺は溜息を一つ、ついた。

エアリスの歩幅に合わせ、ゆっくりと歩き出す。

『……エアリス。手、冷たいな』

『冷え性なの。でも、だいじょぶ。……今はね、ここが暖かいから』

エアリスは、ポケットに入っていない右手で自らの胸を指した。途端に上がる俺の体温――――くすりとエアリスは笑った。

『クラウド……照れてる?』

『……笑うな』

くすくすと笑いながらエアリスは首を振った。

『ううん…ごめんね…。違うの………ただね?』

エアリスは俺を見上げて来た。

―――心なしかその瞳は潤んでいて目が離せなかった。

『クラウド、とても……とても暖かいから……嬉しいの。ただ……それだけよ』

―――俺の心も、ただそれだけの言葉で暖かくなっていく。

だけど、それを口にするのはあまりに照れ臭くて、俺は辺りの景色を眺めた。



『……不思議だな』

寒々しいだけ―――そう思っていたニブルの風景も何故だろう、エアリスと手を繋いで歩けば、暖かな色を帯びて見えてくる。

『……何が?』

首を傾げるエアリスに俺は笑って首を振った。

『もう〜』とエアリスは頬を膨らませたが、すぐに俺を振り返った。

『ね。クラウド。クラウドは雪、見たことある?』

『……雪?……あぁ。ここも真冬になれば雪が降る』

『……そっかぁ…。綺麗なんでしょう?』

―――ニブルに降る雪は全ての命を刈り取るような勢いで降り積もるだけだ―――俺はそれを忌ま忌ましく思ったことは
あっても綺麗だ、なんて思ったことはなかった。

『……どうだろうな』

『雪を手に掴んで、よく見るとお花の形をしてるんでしょ?』

――――お花の形?―――雪の結晶のことか――?

『……顕微鏡かなんかで見ると、確かに花のような形をしているらしいな……でもエアリス。雪を掴む、なんて出来ないよ』

『え?!そうなの!?』

『―――雪は掌に乗せたら溶けてしまう。エアリスがどんな冷え性でも溶けてしまうんだ』

『……そうなの…』

エアリスは悲しそうに俯いた―――何か言うべきか―――でも……。

『それ、クラウドは試してみた?』

『……え……いや……それはないが…』

『……じゃあ一緒に試してみよ? 雪、降ったら手を空に翳して雪を掴んでみるの………』

―――雪を掴む、なんて無理だ。分かっていたのに、俺は俯いていた……。

『早く、雪降るといいね』

笑ってそう言うエアリス。俺も少しだけ笑って頷いた。

――――エアリスと一緒なら。忌ま忌ましかった雪も、好きになれそうな気がした。

―――二人で雪の道を歩きながら、笑う、そんなイメージがわいていた………。














――――エアリス…。

俺は空に手を翳した。降る雪はいくら掴もうとしてもみるみる内に溶けていく。

―――エアリス。雪の花を見ることは出来ないけれど。

どうしようもなく、俺は雪を見ると君を思い出す。

―――――いや。雪も、花も、落ち葉も―――全て君といるとキラキラと煌めいて見えて、君の思い出に繋がっているよ。

俺はポケットの中に手を突っ込んだ。



『クラウド、とても……とても暖かいから……嬉しいの。ただ……それだけよ』



――――そんな言葉と共に、君の温もりが蘇る。

俺は目を閉じた。

俺のポケットに左手をいれて少しはにかんだ笑顔を浮かべるエアリス、俺の歩幅に着いて来れずに息を切らせるエアリス、些細な
ことで頬を膨らませるエアリス―――降る雪に手を翳して笑うエアリス―――俺の隣で白い雪原を歩くエアリス――。


俺は目を開けた。目の前には、足跡一つない白銀の世界。


「……ありがとう…」

―――君のいない道は、とても寂しいけれど。それでも君の思い出は今でも優しく、暖かく俺を包んでくれるよ。

俺は………本当に。

君に出会えて本当に良かった………。







end




2007.1.7up