<夏の月>
………眠れない……。
ティファは長い息を一つ吐き出した。
残暑特有の気怠さが漂っていた――――。
クーラーを付ければ寒いし、付けないと蒸し暑くて眠れない………。
ティファは隣で安らかな寝息を立てる男を見つめた。
男は自分に背中を向け安らかな吐息を紡いでいる。
こんなにも蒸し暑いと言うのに、彼の寝顔は。
―――子供、みたい。
白い肌も、金色の睫毛もまるで子供のように艶やかでいてあどけない。
胸が苦しくなった。
―――こんな無邪気な寝顔で誰の夢を見ているの?
分かりきった答えに自嘲した。
彼はきっと、永遠に彼女を探し続けるのだ。
そう永遠に…………。
―――私は何をしているんだろう……?
旅が終わって、行く宛てのない二人がひっそりと寄り添う。
男は想う女性が居て……彼女は死んでしまった。だからその隙間を埋める様にと、そっと寄り添った…。
始めは、大丈夫、と思っていた。きっと上手くいく……と。
だが…彼女を心の何処かで探し続ける彼と共にいるのは、思いの外、苦しくて。
彼が出て行ったことで隠れていた亀裂は明瞭になったように思う。それは彼が帰って来た今でも。いや、今だからこそ。
彼はティファを抱くが、それは愛情からではない。
―――きっと行く宛てのない幼馴染を憐れんでいるんだわ。それが、もっと私を傷付けるなんて思いもしないで………。
本当に自分だけを愛してくれる男もいる。自分を……自分だけを見てくれる人。
彼がいない間も、冗談とも本気とも知れないが、プロポーズされたことも、1度や2度ではない。
――……だけど……。
彼が彼女を探し続けるように、ティファもクラウドを探し続けるのだろう。
永遠に届かないと分かっていても…………。
どこで、間違ってしまったのだろう…?
――――彼女が死んでしまったから?
彼と彼女が出会ってしまったから?
私と彼が再会してしまったから?
…………私が生き残ってしまったから……だろうか?
幸せを信じて疑うことを知らなかったあの頃とは違う。時間を戻すことは誰にも叶わないのだ。
ティファはそっとクラウドの金色の髪に触れた。
身体は抱き合って……触れ合って………最も近くにいても……こんなにも遠い。
恋人ならば、抱き合えば暖かいのに……。抱き合えば抱き合う程に凍えてしまいそうだ。
クラウドの髪の手触りに目を細め、かつて同じように囁いた科白を口にのせる。
「………ねぇ、クラウド。私のこと、好き?」
………応えはない。彼は安らかな寝息を繰り返すのみだ。
「……エアリスのこと……愛してる……?」
息を殺して、彼の応えを待つ。
彼は……応えない。
それに私の心は安堵したのか、それとも絶望したのか―――………………。
再び長い息を吐き出して、ティファはベットから立ち上がった。
足元に落ちていた衣服を拾い纏うと、部屋の窓を開けた。
少しひやり…とする位の風にティファは眼を細めた。夜風に誘われるようにドアを開けた。
夏の夜の静寂は何処か不安定で――………まるでクラウドと自分の関係のようだと思う…。
冷蔵庫から冷やしたミネラルウォーターを出し、一口含んだ。
冬の明けない夜とは異なり、いつ白み始めても不思議はない空の色。
東の空が明るい。
――夜明け……?
そう思い、東の空を見上げると月が昇っていた。
その色は不思議な位に明るいのに………夜明けは分からない…………。
「ティファ」
呼ぶ声に顔を上げた。
「…クラウド……?」
そこには無表情なクラウドが立っていた。
「……どうしたの……?」
「……ティファがいないから……心配した。ティファこそ何してるんだ…?」
「……月、見てるの」
ティファはクラウドから眼を離し、月を見上げた。
「…………………」
二人で静かに月を見上げた。言葉は無かった。
夏は夜明けが早いから、もうすぐこの月も消えてしまうのだろう………。
暮らし始めた、最初の頃は………大丈夫だと思った。
何より彼の『大丈夫』と言う言葉に支えられていたし、時には罪悪感に押し潰されそうになったが、彼となら乗り越えられると思った。
だが。彼は独り思い悩み出て行ってしまった。彼女のところに――………。
所詮、砂上の楼閣だったのだ。
月が泪で滲んだ。
「………ねぇ、クラウド。私のこと、好き?」
月を見上げたまま、彼にたずねた。彼は微動だにしない。同じように月を見上げるだけ。
「……エアリスのこと……愛してる……?」
震える声で尋ねた。彼の肩がぴくりと震えた。
「……やっぱり、さっき起きてたの?」
ティファは笑顔を作りクラウドを見た。
クラウドは答えずティファを抱きしめる。顔は見えないが、ティファの首筋に温かな液体が零れた。ティファはクラウドを抱きしめた。
彼と同じように声を殺して泣きながら…………。
end
2006.8.31up
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