<Last Kiss>




―――地平線に射す紅い夕日。

「……綺麗だねー…」

隣のティファが呟く。

「……夕日なんて久しぶりに見るなぁ…」

「……そっかぁ。ティファは夕日見たことあるんだ」

「…ニブルヘイムは田舎だから……」

「いいじゃな〜い。ミッドガルなんて空を見上げてもプレートがあるだけで……夕日なんて、わたし、初めて見たよ」

エアリスの言葉に、ティファは目を丸くした。

―――だが、ミッドガルから出たことがないなら、当然だろう。

「……そっかぁ…」

「でもね?」

エアリスはくすっと笑った。

「知ってるよ。……夕日、どんな色をしてるとか…星、どんな色なのか……タッチミーがどんなモンスターか…とか、
モルボルがどんな臭いか……とか、ね」

「………」

きょとんとするティファにエアリスは笑いかけた。

「……教えてくれる人…いたから。……ホントは、ね。初めての夕日も……その人と見る予定…だったんだけど…ね」

――――ホントにあてにならないんだから。

一人言のように呟いて、エアリスは笑った。

「………聞いてもいい?」

「……うん。わたしも話したい」








―――……………………。










スラムの片隅で花を売りながら、エアリスは落ち着かない気分だった。

―――今日…来るかしら?

少し前に知り合った長身で黒い髪のソルジャー。きっかけは花を買ってくれたことだった。



『わ〜。花なんて珍しいな。どっから輸送したの?』

『…輸送、じゃ、ないです。花…咲くところ…あるから』

『え?!マジ!?…だってこの花、ゴンガガに咲く花だぜ…。本当にスラムに咲くとこなんてあるのかよ……』

『あります!!わたし、嘘なんてつかないもの!』

『あ…。ごめん…。そーゆー意味じゃなくてさ……ι…ただ、俺の田舎に咲く花だったから懐かしくてさ……。いくら?』

『1本、10ギルです』

『……あちゃ〜…。給料日前でやばいわ……ι』

『……じゃあ、1ギルでいいわ』

『マジ?!じゃあ、1本!』

『――ありがとうございます』

『ありがとう。俺、ザックス。給料入ったらもっと買いに来るよ。……君、名前は…?』

『――エアリス』

それが始まりだった。





程なくして、ザックスは再びやって来た。

『やぁ。エアリス。給料入ったよ』

『……ザックスさん。こんにちは』

『ザックスでいーって。約束通り花を買いに来たんだ』

『うん。今日、前のお花ないけど…だいじょぶ?』

『大丈夫。大丈夫。…で、その籠の花、全部、ちょうだい?』

『全部?!』

『うん。全部。……でー、俺とデート…しない?』

スラムで花を売るのは時折、誤解を招く。
―――身体を売る女性―――と勘違いする輩がいるのだ。

思わず、ザックスをひっぱたいていた。こんな誘いを受けたのは1度や2度ではない。そのあしらい方もよく心得てい
た筈なのに。

『勘違い、しないで。そーゆー人、探すなら他を当たってよ!!』

どうしてだろう。
どうしてこんな気持ちになるんだろう?
無性に腹立たしくて、悲しくて――――。

気が付けば走りだしていた。


―――ザックスは次の日、現れた。


気まずそうに大きな身体を縮こませて、頭をポリポリ掻きながら。

ザックスを見て足早に移動し始めたエアリスの後ろ姿に声をかける。

『……昨日は……ごめん』

『……………』

『……あのさ……また、花売ってくれないか?』

『………1本、1000ギルよ』

『1000?!いくらなんでも高すぎだろ!?』

『なによ!あなたみたいに、お花の価値が分からない人にはちょうどいいわ!』

『……そんな〜…』

―――捨てられた犬のような顔に思わず笑ってしまった。

『……しょうがないなぁ。10ギルでいいわ』

『ホント!?やった!じゃあ1本!』

―――くるくると変わる少年のような笑顔はとても年上とは思えなくて――。

1番綺麗な花をつい渡していた。にかっと歯を見せて笑う笑顔に惹かれていた…。



次の日も。
次の日も。



ザックスは花を買いにやって来た。

―――毎日、たった1本だけの花を買って行く。


『……なんか。ザックス……痩せた…?』

『…ん?…あぁ。給料日前だからさぁー…もうすぐ給料日だからすぐ戻るよ』

『……お花、1ギルでいいわ』

『……それはダメ。俺は毎日、失った信用を取り戻すべく頑張ってるんだから』

『会って2回目で信用…って…』

『……失ったことには変わりないだろ?金の問題じゃないけど…とにかく!これは俺としては譲れん!』



―――お互い、頑固なところはとても似ていた……そう、思う。






『よぉ、エアリス!花ちょうだい!』

『……ザックス…。はい。あとこれ……おまけ』

『……なにこれ?……もしかして弁当?!』

『……うん』

『……手づくり!?』

『……え?…あ〜……うんι』

『…ありがとう〜!感激だよ!!』




いつの間にか、公園の滑り台の上で話をするのが普通になっていた。


『……そ〜。マジでくっさいんだ!それでその臭い息を嗅ぐとさ〜なんか頭クラクラして……』

『え〜!息くらいで〜?』

『息くらいじゃねーよ!……タマゴが腐った臭いなんてもんじゃなくて……そーだな〜。ナマゴミを1ヶ月位放置したらあんな
臭いになるかもな〜』

『え〜!やだぁ!!』

『見た目は巨大な植物みたいなんだけど……根っこがうねうねしてる感じ?』

『…なんか気持ち悪い…ね』

『あ〜。俺も2度と闘いたくねぇな…』



『……ね?ザックスって何の仕事…してるの?』

『ん?』

『……戦士…だよね…?もしかして……神羅の兵隊……だったりする?』

『……ん〜。夢に向かって努力中ってとこだな。……もう少ししたら公表するって!』

『……夢……?』

『……正確に言えばもう俺の夢は叶わないんだ。……戦争は終わっちゃったからな。……でも新しい夢はあるんだ』

『なぁに?ザックスの夢?』

『内緒〜!不言実行したいからな!叶ったら言うよ』

『……絶対?』

『絶対!叶えてみせる!』

『……じゃあそれまで待ってる。叶えられなかったら笑ってい?』

『……いや……それはちょっと……ι』



『……ミッドガルってさぁ……』

『ん?』

『……少し侘しいよなぁ…』

『……そう…なの?』

『……こうやって上を見るだろ? 朝見ても、夜見ても、おんなじだもんなぁ…』

『……普通は違うの?』

『…俺の田舎なんかさぁ…スゲー田舎だから……建物なんてぶっ壊れた魔晄炉と民家しかねーからさ……夕方、空を
見るだろ? すると〜オレンジ色の空が見える。‘夕焼け’って奴だ。それで夜中に空を見る。――降るような星が見える』

『――ふーん…。見てみたいな…』

『いつか……いつか、一緒に見ような?』

『……タッチミーも見れる?』

『………エアリス…タッチミーより蛙になった俺を見たいと思ってないか…?』

『うん』



『……エアリス。あのさぁ…』

『…なぁに?』

『……俺さ、夢の一歩が叶ったよ』

『……夢の一歩?』

『…俺……』

『エアリス』

『…………!』


ツォンだった。ツォンは当たり前のように、滑り台の前に立つ。

エアリスは、ツォンを睨み付けた。

ツォンは、動じる様子なく視線をザックスへと移した。



『……あんたは……』

『…やぁ。ザックス。ソルジャー1st昇進おめでとう』

『………!』

『……こちらは貴重な古代種のエアリス、だ。……もう接触しているとは……仕事熱心だな』

『………ホント?』

『……あぁ…。エアリス……古代種なのか……?』

『………』



走り出していた。

――――バカ…バカ…バカ………!! ソルジャーだなんて……!
神羅の人だったなんて…!


薄々、そうではないかと思っていたが、それが現実になるとどうしようもなく心が乱れた。

そして、ザックスの驚きと恐怖の入り交じった目―――古代種は人間であって人間ではない。

特に神羅の人間にとっては古代種は‘貴重なサンプル’……なのだ。



―――どうして…?
どうして古代種なのだろう?

―――星と語り、星の声を聞く―――そんな能力なんて、いらない。

普通にあの人の声を聞いて、笑っていたいだけなのに―――古代種の血はそんな平凡な幸せすら望めないのか…?

――――声を殺して、泣いた。

声を出してしまえば、エルミナに気付かれる。心優しい養母に無用な心配はかけたくはない。

―――笑って。

辛くとも、笑顔を見せなければ―――。



――――次の日、ザックスは花を買いに来た。

互いに言葉なく、花とコインを交換する。何日も何日も二人、同じことを繰り返した。

ある日、立ち去るエアリスの、後ろからザックスは声をかけてきた。



『……エアリス…』

『……なに?』

『……俺……エアリスが好きだ』



―――驚いた。

けれど、その突然の言葉が嬉しかった―――でも。

『……わたし、古代種なのよ?』

『……そんなの関係ない』

『でもザックスはソルジャーでしょ?』

『……そうだけど…』

『わたし……神羅の人から見たら人間じゃないんだよ?』

『………俺にとって、エアリスは世界一可愛くて、魅力的で料理が上手くて、時々毒舌だけど……笑顔をずっと見ていたい
子なんだ。古代種とか、ソルジャーとか……そんなの関係ない』

―――嬉しかった。

けれど自分の宿命を思う―――セトラは旅に生き、旅に死んで行く。

母がそうだったように――――自分自身もそんな生き方―――そして最期を迎えるような気がしていた。

母の記憶などないのに、そう思うのはやはり、セトラの血故ではないかと思う。

『……エアリス…』

まっすぐなザックスの瞳。

『………わたし……』

ザックスの眼差しがまっすぐすぎて泣きたくなる。

『わたし……お金持ちと結婚するのが夢なの』

『え?!』



『広い庭に、植物をたくさん植えて、お母さんにも楽させてあげて……わたしはもう花を売らなくていいの。………ザックス、わ
たしの夢、叶えてくれる?』

―――わたしのこと、軽蔑して。

―――がっかりした顔で‘そんな女だとは思わなかった’って、言って。

―――そうじゃなきゃ………わたし……。


これ以上、好きになるの、怖い。




けれどザックスはまっすぐな目で。

『すぐは無理……だけど……俺がその夢叶えるよ』

『………』

『……だからさ……待っててくれないか?』

『………待つ、ってどれくらい? 1年?10年?30年?』

『………』

『……約束なんて……出来ない。……そんなのより、明日も明後日もお花、買いに来て?』


―――それがまた‘約束’になっていることくらい、解っていた。けれど、言わずにはいられなかった。

『明日も明後日も次の日も……毎日、毎日お花を買いに来て。それだけでいい。それだけでいいの……』

『……分かったよ。花を買いに行く。……んでいつかエアリスの夢を叶えるから…』




ザックスは花を買いに来る。



毎日。
毎日。



いつしか花の値段は1ギルになり、また公園での他愛のない会話もするようになった。




そんなある日―――――。



『……エアリス。明日から俺、しばらく来れないから』

『……ふーん…。何で?』

『……明日からまたえらい田舎の方に遠征なんだ』

『……そっか。そうなんだ……』



―――何故だか嫌な予感がした。もう、会えなくなってしまうような………。

その予感に首を振り、エアリスは笑った。

『……なんか寂れた北の村らしい。壊れた魔晄炉の調査らしいんだけどな……なんとさぁ!』

『うん?』

『あの英雄セフィロスも一緒なんだ!!』

―――英雄セフィロス。

神羅の英雄。その人間離れした強さで反神羅の人間を一掃した偉業だけではない。その恐ろしい程の美貌は注目を浴びるに
は充分過ぎた。

男や子供たちは彼の強さに焦がれ、女たちは彼の美貌に騒ぎ立てた。

エアリスとて、セフィロスの名前は知っていた――――が、正直そこまで騒ぐことでもない――――そう思っていた。



『俺さ、セフィロスに憧れてソルジャーになったんだ。親父には無理って言われたけど、飛び出してきて……ホント、親不孝だよ
な』

『ちゃんと、ソルジャー、なったじゃない?』

『まーねー。……こないだ手紙書いたんだ』

『……どんな?』

『ガールフレンドが出来たぜ。親父!羨ましいだろ!?………って』

『…ι……ガールフレンドって……』

『うん。エアリス。……彼女って書いた方が良かった?』

『……彼女じゃない、でしょ』

『ちぇ〜。……あのさぁ、俺が遠征から帰って来たら俺の田舎に行かないか?』

『ザックスの…田舎?』

『あ!もちろん、変な意味じゃなくて!!……俺はそれでもいいけど……エアリス、夕日とか星とか見たことねーだろ?』

『……うん』

『……一緒見ようぜ?なーんもねぇとこだけど夕日と星はめちゃめちゃ綺麗なんだ』



―――希望に溢れるザックスに、‘行かないで’なんて言えない。自分の予感で彼の行動を変える―――そんなこと出来る
筈もない。

『絶対、よ?』

『うん。絶対』

『だから今日は日数分の花を買うよ』

『……ザックスの好きな花、たくさんあるよ』

『この花が群生するところも見に行こうな。夕日のオレンジとこの花のオレンジが反射しあって……ホントに綺麗なんだ。
早く、エアリスに見せてやりたいよ』

『……わたしも……見たいな』

『だろ!?』

籠の中のありったけのオレンジ色の花をザックスに渡す。

『お……多くない?!』

『だって。いつ帰るか、わからない、でしょ? 帰って来るのが遅れたら、わたし、商売にならないわ』

『しっかりしてんな〜』

『母一人、子一人でこのミッドガルを生き抜いてるのよ?当たり前じゃない!』

『はいはい。じゃ買うよ』

――――コインを受け取った時に、ザックスの指が触れてどうしようもなく泣きたくなった。



―――ねぇ。ザックス。

セトラとか……ソルジャーとか………全部捨てて、わたしを……連れて行って。

――――言えるわけもない自分の身勝手な夢。

『……なんだよ?そんな顔…しないでくれよ?めちゃめちゃ行きたくなくなるじゃん…』

『…バカ!これはちょっと目が渇いただけなんだから!』

『……あ〜。そーだよな、俺とエアリスは‘オトモダチ’だもんな?』

『そうよ。‘オトモダチ’』






―――――二人の間に訪れた痛い程の静寂。

『………なぁ。エアリス。キス……しちゃダメか?』

『……わたしのキス、安くないわよ?』

『出世払いする』

『……出世するの〜?』

『するって!するって!!』

『……絶対、よ?』

エアリスは言って瞳を閉じた。

口唇にキスすると思ったのに―――ザックスはエアリスの手を取って指先にキスを落とした。

『……!』

『……やーっぱ緊張するなー。ホントのキスは、帰って来て夕日見ながらにしよーぜ?……あ。もしエアリスがその気になったら
今でもいーけど?!』

『……バカ!………嘘付いたりしたら……わたし、許さないんだから………!』


―――堪えていた涙が溢れ出して、言葉にならない。

『……守るよ。約束』

そう言って再び指先に送られた最後のキス―――――。






「……それでね、そいつは帰って来なかった」

「…………」

―――ティファは黙り込む。それはエアリスの話よりも何かを捜そうとする――――そんな顔。

「……ティファ?」

「……あっ…!ごめんなさい…な…なんでもないの」

――――ごまかし方、クラウドにそっくり。

苦笑が零れた。

「……でね。わたし、毎日、毎日、ヤツを待ってた」



どれくらい、待っていたのだろう。そんなある日、聞こえてしまった星の声――――。



‘ザックスは星へ還った’




―――どうして?

約束、したじゃない。


――――泣いちゃいけない――そう思ったのに。

泣けばエルミナに心配をかけてしまうのに――――涙が止まらなかった。

泣いても、泣いても枯れることなどないかのように、涙は止まらなかった………。





「……そっか……」

「……ホント、嘘つきでしょ?わたしに初めての夕日、見せてくれるって約束したのに……」

「エアリス……」

「……でもね、ホントに不思議……なんだけど。――――いつか、また会える。そんな気、するの」




―――――オレンジの、その花の群生する中で、あなたは抱きしめてくれるの―――――そんな、予感。




「その人の夢……なんだったんだろうね?」

ティファの疑問にエアリスは首を傾げた。

「……さぁ。夢、たくさんある人だったから、わからないけど……会えたら、聞いて見たいな」

「……会えると……いいね?」

「……うん。会えるって信じてる」

エアリスはそう言って、微笑んだ。





end


2006.11.23up

内谷 秋様キリリク special thanks!!