<けんか>
「…………」
二人、黙ったまま向き合っていた。
横たわっているのは、なんとも言い難い沈黙―――――。
「……っ…!」
しいなの使用した消毒薬の刺激に、ゼロスは息を飲んだ。ぴくり、としいなの手が止まる。
「……大丈夫だから、……」
ゼロスの言葉に、しいなは消毒を再開した。
「……ぃてっ!!……しいなぁ〜…もーちょい優しく……」
ふぅ……としいなは、溜息を付いた。ようやく言葉を発したゼロスに安堵するように―――……。
「………バカ」
「ぁ〜?誰がバカだっ!この聡明な俺さまを捕まえてっ!!」
茶化すように言ったけれど、しいなは今日はいつものように食ってかかっては来ない。
―――むしろ。
しいなの目からはぽろぽろと涙が零れだして―――――ゼロスの胸に突き刺さった。
「ほんっとに……あんたはバカだよ……」
無言でしいなの頭を抱え込んで、ゼロスは目を閉じた。
些細な出来事から始まった、ロイドとコレットの喧嘩。
喧嘩をすることなど殆どない、二人の喧嘩に周囲ははらはらと事態を見守っていた。
―――ま。喧嘩の一つもしない方が異常でしょ。
ゼロスはあっさりとそう考え、高見の見物を決め込んでいた―――のだが。
お節介体質のしいなが、黙ってはいなかった。
「……二人共、よく話し合いなよ…」
――――バカ……だな。
しいなのことを鼻で嗤う、愚かな自分。
ロイドのことが好きなのに、なんでそんなことすんだよ?………そのまま二人が喧嘩してれば、もしかする
と、お前の方、見るかもしんねーぜ??
―――やだ。やだ。
そんな光景見たくもない―――と思う自分はなんと心の狭い人間か……。
「……コレット。我が儘言っちゃダメだよ。ロイドはあんたのこと考えて……」
「…そんなことないよ!ロイドは……わたしがいると邪魔なんでしょ!?……わたし、しいなみたいに強くもないし、
リフィル先生みたく回復魔法も使えないから!!」
「そんなわけないじゃな……「そうだよ」…っ!?」
険しい表情をしたロイドから紡がれる厳しい言葉。
「…足手まといなんだ」
愛する彼女を危険な場所へと近付けまいとする不器用過ぎるロイド。
「…コレットは……しいなみたいに強くないし、料理だって出来ないだろ」
……何かがゼロスの心の中に触れた。
思いもしないその些細な一言が一滴の墨のように広がって行く。
「……おい」
出た低い声に、辺りが静まり返る。
「……自分たちの喧嘩に、他人をダシにすんじゃねーよ」
しいなが小さく息を飲んだ。
「なんだよ?!ゼロスは関係ないだろ!」
―――そう、関係ない。それがとてつもなく腹立たしいことに彼は気付く筈もない―――。
無邪気すぎる鈍感さに、猛烈に腹が立ち、ロイドを殴ってしまった。
―――無論、殴られて黙っているロイドではなく、ゼロスも口唇を切る程度には殴られたわけだった。
同じ程度の怪我をしたロイドは、直ぐさまリフィルが回復し、コレットが駆け寄り二人はあっという間に仲直
りした――――気まずい二人を残して。
ゼロスはしいなを抱きしめて呟いた。
「…お前だって十分バカじゃね〜か…」
ゼロスの胸に顔を埋めたまましいなは小さく首を横に振りながら呟く。
「……バカ……」
ぱっと、しいなはゼロスの腕から離れた。
「……ありゃりゃ。もーちょい泣いててもいーぜぇ?」
―――強いフリ、しないで、いいのに。もう少し―――傍にいれば、いいのに―――。……そんなことを
思ってしまうのは自分の弱さなんだろうが。
「バカっ!さっさと薬付けないと痕が残るよ!あんたの唯一の自慢だろ?」
「唯一ぅ?! あのなぁしいな?俺さまは美貌だけじゃなくってだなぁ……いてぇっ!!」
薬の刺激に悲鳴を上げるゼロスをしいなは笑いながら、言った。
「……ロイドとコレット、仲直りして良かったね?」
「……」
「……ゼロス、ちゃんとロイドに謝るんだよ?」
「わーってるよ!」
「……ゼロス……」
「…なんだよ?」
「……ありがとう……」
聞こえない程に小さな声―――また、抱きよせたい衝動が込み上げてきたけれど――――それは、
我慢する。
ゼロスに背を向け歩き出すしいなに―――言った。
「無理……すんなよ?」
しいなは、振り返らなかった。
「………」
「まぁ辛けりゃ、特別に俺さまが胸貸してやってもいーけどぉ?」
「バーカ!」
振り返ったしいなの笑顔が少しだけ、切なかった。
end
てこてこさまキリリク。Special thanks!
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