Party Night
はぁ……あたしは溜息をついた。
やっぱりあたしは辞退するべきだった。ミズホの民であるあたしがこんなパーティーに来るべきじゃなかった…。
<Party Night>
きっかけは教皇にさらわれたヒルダ姫を助けたこと。
その祝いの席に呼ばれたあたしたちは洋服まで用意してもらってここにいる…と言うわけだ。
なんかこの貰ったドレスも無駄に露出度が高いような気がするのは気のせいか?
あたしはパーティー会場の壁際に張り付いて会場を眺めた。嫌でも目に入る男。リーガルとそいつ以外は皆、借り
て来た猫状態なのに、そいつ―――ゼロスときたらやたら慣れた風………と言う慣れているんだろう。パーティ
ー会場の中でも際立って目立っていた。見た目だけは自分で『美貌』と臆面なく言うのもあながち間違ってない位
整っているんだ。いつもはわざとそれを崩すようなことばっかしてるけど、今日はそれを崩すことなく優雅な表情
を浮かべている。そんなゼロスは確かに貴族様って感じだ。周りの人間も『神子様』『神子様』って。
……あのアホがそんな大層なものとは思われないけど…事実、そうなんだよね。
……世も末だ。
あたしはゼロスから目を離して、パーティー会場を眺めた。
華やかに着飾った人々。豪華な料理。…こんなにあったって余っちまうだろうに………貴族、ってのはいっつもこ
んなことしてるんだろーか…。質実剛健を基本とするミズホとは正反対だ。
あたしは他の連中を目で探した。
…プレセアとジーニアスが仲良く歩いている。
ジーニアス……ユデダコみたいに真っ赤だ…。プレセア、可愛いね…。
リフィルは研究者らしいオッサンを質問責めにしている。
リーガルはゼロス同様、慣れた様子で貴族たちに囲まれている。
ロイドとコレットは……さっき一緒にテラスに出てった。…本当に微笑ましい感じ。……………。
………かえろっかな…。
職業柄、人に気付かれないように姿を消すのは得意だ。大体こんな雰囲気じゃ、場違いなあたしが消えたとこで誰
も気付きはしないだろ。あたしは歩き出した。
「…お前がしいなか?」
突然あたしを呼ぶ声にあたしは振り向いた。そこに立っていたのは貴族らしい身なりのよい連中だった。
「そーだけど? なんか問題あるのかい?」
男たちはくすくすと顔を見合わせて笑う。まるで見たことない動物園の動物を指差すように。
「うわ〜。新鮮〜。こんな喋り方する女初めて見たぞ」
「……」
あたしもこんな妙な反応は初めてだよ。貴族のお嬢様方には『オバサンみたいな喋り方』って言われたことはある
けどね。
「ミズホの人間って本当に髪が黒いんだな」
男たちは、無遠慮にあたしの髪に触って来た。鳥肌が立つ。こいつらは目下の人間なら何してもいいと思っている
のか…?
ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、ここで騒ぎを起こすのは、やばいだろう。
「……お前、神子の女だって噂は本当か?」
「は?!」
突然の言葉に素っ頓狂な声が出た。
「ミズホの女にまで手を出すってのが神子らしいよな…」
「まぁ無理もないさ。こんなの見せつけられちゃ…さ」
男たちの目はあたしの胸元に注がれていて――。あたしは隠し持っていた符に手をかけた。取り出そうとした刹
那――――。
「しいな!!」
符にかけた手ごと、抑え付けられた。噂の中心人物である赤い髪の神子。ゼロス・ワイルダー……。
「………私の連れに御用がおありなら私を通してからにしていただこうか?」
言ってゼロスは人の悪い笑顔を浮かべた。見ただけで美しいのに、背筋がうすら寒くなっちまうような顔…。こんな
顔、あまり見たことがなかった…。
「そんな…!しいな殿が道に迷っておいでのようなので案内してさしあげようとしただけです!」
「神子さまを侮辱するつもりではなく…」
口々に言い訳をする男たちにゼロスは冷たい笑みを投げ付けた。言い訳を無視して「じゃ、失礼」と言ってゼロスは
あたしの肩を抱き、会場から出た。
「あいつら殴ってやらないと気が済まないー!!」
あたしはテラスで叫んだ。あたしが殴りに行くのを防止しているのか、ゼロスはテラスのドアに背を預けたまま、苦
笑した。
「それも見てみたい気もするけどさぁ…そんなことやったらリーガルやらロイド君の顔潰しちゃうでしょーよ」
あたしはゼロスを睨み付けた。
「……1番潰れるのはあんたの顔だろ」
「べっつに俺様は顔なんか潰れても構わないんだぜ〜? でも…本当は1番困るのはしいなだぞ」
―――どうして…あたしが…?
「…なんでさ?」
ゼロスはゆっくりとこちらに寄って来た。
「お前さぁ…忍だろ?ここで目立つことしたら、ミズホに変な評判が立ったり仕事が来なくなったりしたら困るだろ
ーが」
「……!」
違うことのない真実にあたしは何も言い返せない。悔しくて口唇をきゅっと噛んだ。
「おいおい、暗くなんなよ〜?にしてもあいつらも知らねぇとは言えバッカだよな〜?こんな妖怪暴力鬼女にケンカ
売るなんてさ〜?」
うって変わって高いトーンの声で言うゼロス。
あたしは、ゼロスに背を向けテラスにもたれかかった。
「………」
「………」
ゼロスもいつの間にかテラスにもたれ掛かっていた。
「…ほれ。見てみ」
ゼロスはテラスから下を指差した。そこに広がっているのはたくさんの街頭が瞬く星のように見える夜景。
「…うわ……」
こんな光景はミズホでは、絶対に見れない。きっと、衰退世界シルヴァラントでも。
あたしはしばし、その光景に見入った。視線を感じて、横を見ると微笑んでいるゼロスと目が合った。
「……なにしてんのさ?あんたは見ないのかい?」
「…俺さまは見慣れてっからよ。単純に喜ぶしいなの横顔でも目に焼き付けとこうかと……ってぇ!!」
「悪かったね!単純で!」
「えー? しいなぁそれは……」
―――ゼロスは動きを止めた。遠くからゼロスを呼ぶ女たちの黄色い声。
「ゼロス様ー!」
「神子さまー!何処においでですのー!?」
「……お呼びじゃないか。神子サマ?」
女たちのやかましい気配は段々と近付いて来る。………もうきっと、テラスの向こうに。
―――あたしは立ち去ろうと歩き出した。いきなりぐぃっと引っ張られて、そこはゼロスの腕の中。ゼロスはあたしを
抱えて、テラスのカーテンの陰に隠れた。
隠れた瞬間にテラスのドアが開かれた。
「ここにもいないわ!!」
「どこに行ったのかしら?」
「あっちのテラスじゃないかしら?早く探しましょ」
貴族のお嬢様方は口々に騒ぎ立てドアから出て行った。
ほぅ……とゼロスが溜息をつく。
「……もう行ったみたいだよ」
「知ってる」
「……じゃあ、離したらどうだい?」
「やだ」
バカなことを言うゼロスを一発殴ろうとあたしは拳を握り締めた。
「……だってさ。テセアラとシルヴァラントが一つになったら何が起きるかわかんねーんだぜ?」
「それとこれとどーゆー関係があるんだい?!」
「…俺さまとしいなが一緒にいられるのもあと少しかもしれない…ってこと」
低い声で言われた台詞に思わず、あたしは顔を上げた。灰蒼の瞳は珍しく真剣にあたしを見ていて………。
「なぁ…しいな。もし俺がいなくなっても、俺のこと、忘れないでくれるか…?」
―――質問の意図が見えない…。
こういう雰囲気は苦手だ。何をどうすればいいか分からない…。なのに、あたしはゼロスの目から目を離せない…。
「……あた……当たり前じゃないか!」
……声が裏返っちゃった……。畳み掛けるように、あたしは続けた。
「あんたみたいなアホ神子、忘れようったって忘れられるわけないだろ!…大体、さ……あんたがいなくなるなんて有
り得ないだろ?」
「…なんで?」
「テセアラとシルヴァラントが一つになったら確かに何が起きるか分からない。だけどさ、何か起きて、あんたが消え
ちまう時はあたしもきっと消えちまってるよ」
「…成程」
ゼロスは暫くくすくす笑っていたかと思うと、相変わらずの下品な笑い声を上げ始めた。
「そりゃあそーだよなー。この美しくて、強い俺さまがしいなより先にどうこうなるわけねーよなぁー」
力を緩めたゼロスの腕から抜け出して、あたしはテラスに腰掛けた。履いていたきついサンダルが下に落ちて行く。
「…あーぁ。高価なもんなのに……いいのかよ?」
テラスの下を覗き込むゼロスにあたしは「……ありがと…」と呟いた。
ゼロスが驚いた顔であたしを見る。
「…さっき、助けてくれて。助かったよ」
あたしの声は小さくて、ゼロスには届いてないかもしれない。だけど、あたしの横顔をゼロスがじっと見ているのは
分かっていた。
「そんなのいいってことよ」
ゼロスはひらりとあたしの横に腰掛けた。
「お礼はしいなからのキスでかまわねーから」
ん、と目を閉じて口唇を突き出してくるアホ神子。あたしは思い切り突き飛ばした。
「うわっ!なにすんだ!?」
「なにすんだはこっちの台詞だ!きゃっ!!つかまんじゃないよ!!」
「つかまんなきゃ落ちるだろーが!!」
―――怒鳴りあっている内にあたしたちはテラスから転落した。
「あーーぁ……。俺さまの素敵な衣装がボロボロ…」
「家に帰ればたくさんあるんだろ!!あたしなんかこのへんてこなドレスのせいで傷だらけだ!」
……あたしもゼロスもたいした怪我はないもののボロボロだった。
「…あ〜。もうパーティーはごめんだよ」
「…そっかぁ?俺さま、意外と楽しかったぜぇ〜。また一緒に行こうぜ」
うひゃひゃ…と笑うゼロスにあたしは蹴りをいれて
「二度と行くか!このアホ神子〜!」
と叫んだ。
end
2006.7月位?
2007.1.28.一部改変
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