<Mermaid>
―――照り付ける日差し。
うだる様な暑さ。
――ここは常夏のコスタ・デル・ソル。
一人、憮然とした男がパラソルの下、溜息をついた。
<Mermaid>
「……機嫌、悪いね」
同じパラソルの下、彼の気分を読みながら、全く気にする様子のないエアリス。
「…俺たちはセフィロスを追っている旅の途中だ」
「…うん。分かってる」
「分かってるならどうして、この街にもう一泊って話になるんだ?」
「……クラウド……。たまには息抜きしないと、ね?」
おっとりとした口調でエアリスに言われればクラウドに反論する術はない。
確かに息抜きは必要だ。
だが、別に海に入る必要はないのではないか?
エアリスは現地で購入したピンクのビキニを纏っている。普段から日焼けに気を使う彼女の肌は透き
通るようで……あまりの艶やかさにクラウドは直視出来ず、更に機嫌が悪いのだ。
そんなことには気が付く筈もなく、エアリスは静かに海に目をやった。
「……すごい、ね」
快晴のコスタ・デル・ソルは日差しこそ強いものの、青い海は波は穏やかだ。
「わたし、海初めてなんだ〜」
「……そうなのか?」
「ミッドガル育ちだもん。いつか見に行くのが夢、だったの」
「……そうか」
「ね。クラウド、人魚姫……って知ってる?」
「……にんぎょひめ…?」
エアリスの唐突な言葉に、クラウドは蒼い目をしばたかせた。
「……分からないな。お伽話か?」
「うん…」
「もしかすると、母さんが聞かせてくれたお伽話にあったのかもしれないが、記憶にないな」
「……そっかぁ」
エアリスは少し肩を落とした。が、すぐにクラウドの顔を覗き込む。
「……ね?クラウド。聞きたくない?」
その瞳はキラキラ輝いて、もしも『興味ない』と言ったならエアリスはがっかりするだろうか?
――――それとも怒り出すだろうか?
クラウドが少し考え込んでいる間にエアリスは話し始めた。
「………昔、昔、遠い異国でのお話……」
「……なんか、お伽話の割に悲しい話しだな」
短い感想を述べるクラウドにエアリスは微笑んだ。
「……そう、よね。わたし、これをね聞いた時、どうしても納得、いかなくて」
「……どこに??」
エアリスは海に目をやりながら、答える。
「……人魚姫は、声も、身体も、地位も、家族も捨てて王子様のところに行ったのに、王子様、違う人と結婚し
ちゃうところ。しかも、姫は最後、海の泡になっちゃう、でしょ?」
「……そうだな」
「すごく、納得いかなくて、『私、王子様、怒ってくる』って言って、お母さん、呆れさせたの」
「……エアリスらしい」
クラウドが苦笑しながら言った。エアリスもそれに合わせて笑う。
だが、エアリスはすぐに海に目を戻した。
「……でも、ね」
静かな口調にクラウドは、エアリスを見た。
美しい翠の目は果てしない水平線をじっと見ている。
その瞳の美しさに、目が離せなくなった。
「……今なら少し……人魚姫の、気持ち……解る気、するの」
瞳を水平線に向けたままで、エアリスは言う。
「……なにもかも捨てて、一緒に行けば、良かった………」
―――それは……前、言っていた初恋のソルジャーの男のことか……?
声に出して聞こうとして、躊躇われた。
声にしてしまえば、自分でも今、意外な位に感じている苛立ちがエアリスに伝わってしまいそうで―――。
―――俺は……その男に嫉妬しているのか?
クラウドはエアリスに目をやった。
エアリスはじっと海を見ている。こんなにも近くにいるのに、エアリスの心はきっと、そのソルジャーの男を見て
いるのだ。
……海は、自分と同じ瞳の色。
そのソルジャーの男も、同じ魔晄を浴びたのなら同じ色の瞳をしている筈だから。
クラウドは口唇を噛んだ。ゆっくりと、エアリスを呼ぶ。
「エアリス」
呼ばれ、エアリスは顔を上げた。
クラウドはエアリスに向け手を伸ばす。
「……海に入らないか?」
女性に自ら手を伸ばすなんて初めてだ。クラウドは自分の顔が熱を持ち始めたことに気付いた。
そんなクラウドを見て、エアリスはくすくす笑う。
「……なにが、可笑しい?」
「……だって、クラウド、真っ赤、だよ?」
「……こ……これは日焼けだ!」
「……ふーん……。日焼け、ね」
「……行かないなら俺は一人で泳ぎに行く」
「…!わたしも行く!」
言って、エアリスはクラウドの腕にしがみついた。
「……?入らないのか?」
膝あたりまで海に入り、クラウドはエアリスを振り返った。エアリスは浜辺で戸惑うように立ち尽くしている。
「……あの…クラウド。わたし…」
海……と言うよりも、水にエアリスは入ったことがなかった。近くに来て、怖くない―――わけはない。
そんなエアリスを察したのか、クラウドが海から上がり、エアリスの手を掴んだ。
「………俺がいるから、大丈夫だ。ボディガード、だろ?」
顔を赤くして言うクラウド。エアリスが何かを言おうとした刹那、クラウドの力強い腕で海の中にいた。
「………あったかい…」
思いの他、暖かい水温にエアリスは目を丸くした。クラウドの手を離して、腰まで海に入る。
「……すごい!すごいね〜!!」
「エアリス……あまり遠くまで行くな……」
子供のようにはしゃぐ、エアリスをクラウドがたしなめた時――――エアリスが視界から消えた。
それは、まるで人魚姫が泡になったようなヴィジョン――――――。
「エアリス!!」
走り、エアリスを探した。頭まで水に入ったエアリスが海から顔を出した。
「……びっくりした?……っ!!」
エアリスは息も出来ない程の強さで、クラウドに抱きしめられていた。
「……クラウド!?」
「…………俺は……エアリスを……守る。……だから………」
エアリスはクラウドの背中に手を回した。クラウドの引き締まった胸に直接、頬を付けて目を閉じる。
とくとくと、刻まれるクラウドの鼓動はエアリス同様速い。
「……だいじょぶ。わたしは……海の泡になったりしない……」
クラウドの不安は消えない。
たゆたう透き通った水の中に消えていくエアリスのイメージはあまりに美しく鮮烈で―――いつか現実
になってしまいそうな予感がした。
クラウドの不安を癒すように、エアリスは顔を離して笑って見せた。
「…クラウドは、心配性だなぁ…」
「……エアリスが子供みたいなことするからだ」
顔を赤くして横を向くクラウド。
「…クラウド」
エアリスはクラウドを呼んだ。振り向いたクラウドにキス―――。
「…!」
「……ボディガードの、お礼」
エアリスはするりとクラウドの腕を抜け出した。
「……クラウド!わたし、喉渇いちゃった。いこっ!」
クラウドは溜息をついた。振り回されている。
――――だが、それは不愉快ではない。こんなことは初めてだ。
エアリスは海岸に向かい歩き出した。青い海に流れるエアリスの栗色の髪―――。
それはあまりに儚げな人魚姫の髪のようで………。
クラウドはなぜか拭えぬ不安な気持ちに目を細めた。
end
2006.9.8up
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