手紙
「………ってわけでさ〜大変だったんだよ!」
しいなはゼロスにテセアラ王へと宛てた手紙を書くのにいかに苦労したか―――それを滔々と話していた。
「…………」
だと言うのにゼロスときたら全く無反応だ。
「……でね。……??………聞いてる??ゼロス……」
「…………」
話を聞いていない様子でむっつりと黙り込むゼロス――――しいなはゼロスの顔を覗いた。
……がっと肩を掴まれた。
「………俺さまにも!」
<手紙>
「………は…??」
「俺さまもしいなから手紙欲しい!」
「……は〜〜?別に必要ないだろ!会った方が早いし!………何の因果か仕事でしょっちゅう会うし…」
「やだ!テセアラ王に負けない位情熱的な手紙欲しい!」
「情熱的じゃないから……大体手紙なんてハニーたちにたくさん貰うだろ!?」
「やだ! しいなの汚い字の手紙が欲しい!」
「こら!!誰が汚い字だ!?」
「なんかしいなって女とは思えない字、書きそう!」
「ふざけんな!!あたしだって女らしい字位書けるよ!!」
「………じゃ」
ゼロスはにやりと笑った。
「手紙よろしくなv たくさん愛を綴ってくれよ」
「…………」
はめられた……気付いても既に遅い。呆然とするしいなの頬にキスを落としてゼロスは去って行った。
…………しいなは溜息をついた。
手紙。
…………御礼状じゃなくて、手紙。
―――しかもあのアホ神子へ。
「……手紙か〜………」
とりあえず自分が貰ったことのある手紙や手持ちの便箋を並べた。
普段手紙なんて書く習慣がないから手持ちの便箋は色味のないものばかり。
もしも―――――もしもリフィルのような綺麗な女性らしい字が書けたなら。
こんな色味のない便箋も女らしい、とあいつは言うだろう。
もしもコレットのように、女の子らしい丸っこい字が書けたら、あいつは可愛い、と言うのだろう。
しいなは縁側に寝転んだ。
――――確かに。
自分で認めるのも癪だが。しいなの字は綺麗ではない。汚くもない筈なのだが。昔行っていた習字の先
生にも『女とは思えぬ勢いのある字を書く』………と褒められた(?)こともある。おろちにもしばしば
『……しいな……字がでかすぎる……もっと間を開けないと見にくい』と言われる位だ。
「……そうだ………」
思えばおろちの方がよっぽど繊細で綺麗な字を書く。
―――おろちに頼んだら………あいつ、怒るかな……?
でも、ゼロスの前で字を書いたことはないし、言わなければ判らない気もする……。
――――おろちって筆まめなんだよね〜。
精霊研究への協力のためしいながメルトキオに長期滞在した時もおろちは何くれとなく手紙をくれた。
桜が咲いた、とか、夏祭りがあるから帰って来い、とか、眠ったままの頭領がしいなの名前を呼んだ……とか。
離れていても………少し孤立していても、その手紙が来るとミズホは自分の故郷だ……自分が帰るのはあ
の里なんだ……と思うことが出来た。
―――そうだ。久しく忘れていたけれど………手紙はその書き手の気持ちが伝わって来る大切なものだ。
ぱらぱらと今までに来ていた手紙を広げて――――しいなは手を止めた。
「………あ……」
――――ここに………。
――――こんなところにあったんだ………。
『ありがとう』――――ただ一言だけ書かれたその手紙。それだけなのに……手紙を見た時の何とも言えな
い感情――――切なさとか、怒りとか、焦りとか…………言葉では言い表しようのないその感情はなんとな
く思い出すことが出来た。 あの後のごちゃごちゃでなくしてしまったと思っていたが――――こんなところで
見つかるとは。
―――紙は上等な物ではない。そこらにある正にテキトーな紙―――急いで書いたのだろうインクが乾かな
いままに触っているように滲んでいた。更にそれをしいなが握って走ったものだからくしゃくしゃに皺も寄っている。
――――だけど………。
これは1番大切な手紙。しいなはその手紙の皺を伸ばして上に掲げた。
―――やっぱり……自分で書かないと。あたしの言葉で。あたしの字で―――あんたに伝えたい事があるんだ……。

「……」
最初の頃は綺麗な字を意識していたのに………後半になればなる程、字を綺麗に書く、と言う意識は遠ざかり
汚い字になってしまった……。
―――か〜!!本当に字きたねーな!お前!!
そう顔を歪めるゼロスの顔が浮かんだ―――が書き直すつもりにはなれなかった。勢いで書いてしまったが正
直な気持ちを綴ったこの手紙を書き直せば、正直な気持ちが遠ざかるような気がした。
「……いいよね」
便箋を四つ折にして封筒に入れる。白い封筒と便箋は素っ気なくて、手が止まった。
――――庭に目をやると、春の花が咲き始めているのが目に入った。
「………ごめんね」
呟いてその花弁を封筒に入れた。
「…………」
夜の闇に――――気配を感じた。
油断なくゼロスは腰の剣に右手を走らせた。鋭い視線を闇の中に向ける――――。
ひらり……と舞った桃色の帯に安堵の息が洩れた。
「……なんだ。しいなか」
音もなくゼロスの傍に着地するしいなにゼロスは最上級の笑顔を浮かべた。
―――――貴族の娘たちならきゃあきゃあ騒ぎそうなものだが、しいなは意に介する様子もなくゼロスを睨み
つけた。
「悪かったね!可愛い女の子じゃなくて!」
「ん〜?べっつにそんなこと言ってないぜー?………で、何よ?何よ?デートのお誘い??何なら今から遊び
に行っちゃう〜??」
「アホ!!こんな夜に遊びに行けるとこなんてあるわけないだろ!」
「………」
夜だから遊びに行くんだけど………健全なしいなにはそういった思考はないらしい……。
ひそやかに溜息を零すゼロスの鼻先にしいなは手紙を突き付けた。
「……??」
きょとんとしいなを見下ろせばしいなは顔を耳まで赤くする。
「……この前の……っ…!」
ぶっきらぼうにゼロスの手にしいなは手紙を握らせた。
「……あー!!ラブレター!」
「ら……っ!??ラブレターなわけないだろ!!!」
「へへー♪ じゃあ早速v」
「ダメ!!」
早速封を開けようとするとしいなが飛び付いて来た。それをひらりとかわす。
かわせばしいなは余計ムキになって手紙を取り返そうと飛び付いて来る。
それをことごとくかわし、笑おうとしたら―――炸力符が飛んで来た。
「……な……なんなんだ!?俺さまへのラブレターなんだから勝手に見たっていーじゃねーか!!
大体武器
を使用するなんてずりぃぞ!!」
「ラブレターじゃないから!!」
しいなははっきりと叫んだ。
「……つれねーなー……別にいーじゃねーかー!」
「よくないっ!! それと………」
「それと?」
「一人で見て! 絶対。……誰かと見たりしたら……殺すからね?」
「………」
――――殺すって…………。そんな大仰な………。
思いはしたし、しいなは凄い目で睨んでいる。またからかいたくなったが………これ以上からかって召喚でもさ
れれば命に関わるので止めることにした。
「……はいはい。返事はいつまで〜?」
ゼロスの言葉にしいなは目を見開いた。
「返事?」
「そ。返事」
「返事なんかいらないよ。行動で示して」
「あ〜?ちゅうとか??何なら先払いしとく?」
「いるか!!」
しいなのげんこつを甘んじて喰らい、ゼロスは笑った。
「じゃ……また今度ね」
「あぁまたな〜」
しいながいなくなった部屋で……ゼロスは封筒を弄んだ。
真っ白な封筒――――『ハニー』たちからは貰う手紙はいつも色とりどりで押し印一つとっても金をかけてい
ることが分かった。こんな淡泊な手紙は初めてだが………しいならしい―――そう思った。
ナイフで封を切った。ほのかな香がした。―――わざとらしく自分の使用している香水を便箋に吹きかけて
来た女がいたが――――それとは異なる種類の香。
便箋を封筒から出すと、花びらが落ちた。
「………これか…」
花びらを人差し指で摘み、匂いを嗅いだ。
春としいなの匂いがした。
便箋を広げれば白い便箋に力強い字――――ハニーたちの丸字とはえらい違いだ。それに―――……
…ゼロスは苦笑して手紙を読み始めた。
「――ふぅ。やっぱり夜は冷える〜」
独り言を呟いて、しいなは指先を擦り合わせた。
「………」
ゼロスはもう手紙を読んだだろうか。きっと次会った時には『字が汚い』とか『封筒と便箋まで可愛いげが
ない』――――とか言うに違いない。
――――ちょっとはあたしの意見も聞きゃいいのに。
あの二人は本当に似た者同士で―――互いに大好きなのに言えないんだから……。
それに――――血が半分しか繋がっていないとは言え兄妹がわかり合えないままだなんて哀しすぎる。
うまくいけばいい―――そう思う。
星の散らばる夜空を見上げた。冬の星座がまだ光っていた――――目を閉じて、澄んだ空気を吸い込んだ。
「………しいな!」
「………!?」
聞こえる筈のない声。
振り向いた瞬間には息も出来ない位抱きしめられていた。
「……」
――――思考が追い付かないまま、とりあえずゼロスの背中に腕を回した。
「…………」
ゼロスはしいなを抱きしめたまま、動かない。
「……ど……どーしたのさ…??」
「……行動に示しに来た」
しいなの肩に顔を埋めくぐもった声で答えるゼロス―――。
「………なぁ……しいな」
「……ん…?」
「世界はずっとずっと優しいし、明日はきっと悪くない………んだよな?」
「…………」
――――明日は本当は暗いのかもしれない。希望なんて本当は一欠けらもないのかもしれない――
――――1番不安なのは自分なのかもしれない―――だけど。
しいなはゼロスを抱きしめた。
「……うん。明日はきっと―――いい日だよ」
そう信じなければ不安な夜など越えられないから。希望がなければ朝など辛いだけだから。
希望がどれだけの光りかをゼロスにも知って欲しかったから―――――自分も本当はそれを信じたい
から―――しいなは頷いた。
「………ありがとう……」
end
おまけ
「明日セレスんとこ行ってみる」
「お?!あんたにしては素直だね〜!手紙も出してみるもんだ!」
「………ところでだ」
「ん?」
「お前………男前な字書くな〜!ロイド君からかと思ったぜ」
「……悪かったね!」
「あとさー……俺さまのこと好きな奴にしいなが入ってないのどーゆーこと??」
「いちいち細かいねー!!別にいーだろ!!あんだけたくさん(?)羅列してあるんだから!!」
「あとさ〜」
「まだあるのかい!?」
「俺さま……ZerosじゃなくてZelosなんですが……」
「………え?…あれ??…あーっっ!!勘違いしてた!!」
「その場の間違いじゃなくてリアルな間違いか………………マジで傷付く……」
「あ……あははっ!ごめんね!……じゃ夜も遅いし暗いから気を付けて帰りな」
「は?何バカ言ってんだ。こんな暗い中レアバード飛ばしたらあぶねーだろ!しいなん家に泊めてv」
「はー!? 暗い中レアバード飛ばして来れただろ?!」
「……しいなが冷たい……俺さまの名前間違えてるし……俺さまのこと嫌いなんだ……」
「ば……バカ!んなわけないだろ!」
「あ。じゃあやっぱり俺さまのこと好きなんだーv
やっぱりしいなん家泊めてね」
「このアホ神子〜!!」
end
2007.3.15up
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