<結婚のススメ>
天気が良い。空は晴れ渡り雲ひとつない。
風も強くなく、日差しも夏の盛り程ではない。まさに、『お出かけ日和』。
――――だと言うのに。
<結婚のススメ>
藤林しいなは、自宅の縁側に腰掛け思案に暮れていた。
そのしいなの背後から忍びよる影――――さっと近付いてきたと思えばしいなの頭髪を
ぐちゃぐちゃにして赤い長髪の男はにやりと笑う。
「ゼーロースー!!」
ガンッ!!
「……ってぇ!!」
「もー!また結び直さなきゃいけないじゃないかっ!!」
「なんだよ〜? たまには下ろしてんのも可愛いぜ?」
「はっ!誰にでも可愛いって言うあんたの可愛いの基準なんか信用できないね!」
ゼロスの自信ある殺し文句をばっさりと切り捨て、しいなは立ち上がった。ゼロスも慣れた
もので、頭を押さえながらしいなを見上げる。
「…あ〜。しいな、茶」
「勝手に来て命令すんな!」
だんっ!
…としいなはゼロスの前に緑茶を出した。
「さっさと飲んで帰りな!あたしは忙しいんだよ!」
「え〜?さっきめちゃめちゃ暇そーだったじゃねーか?」
「…っ……考えなきゃいけないことがあるんだよっ!」
「考え〜?やめとけやめとけ!しいなに考えるなんて高等なこと無理無理!!」
冗談だったのだが、しいなの表情が曇る。
「……そう、思うかい?」
「………そう思う」
正直にゼロスは答えた。
しいなは考えるとぐるぐると同じところを廻る傾向がある。
――考えてもろくなことがない。
「………あの……さ…」
怖ず怖ずとゼロスを見上げてくるしいなは珍しく(←?)可愛気がある。
「……相談に乗ってくれないかい?」
「……お……おーよ。なんだよ?」
「………実は……結婚しようかと思ってるんだ」
――――目が点になった。隙のない美貌が自慢のゼロスらしくもない間抜けな顔――――。
「……は……??……誰と??」
「……ん……っと……おろち……」
思わず苦笑した。
……こんな相談をする相手に選ばれたのは光栄のような悲劇的なような――――少なくとも、
彼女は自分の気持ちに気付いていない、と言うことだけはよく解った。
「………お前とロイドの間に恋愛が成立しねーわけがよーく分かった…」
―――他人の感情にこれだけ鈍いしいなと、同じく鈍いロイド―――想いがあってもそれは成
立しえない。
「は??」
全く腑に落ちない顔をしているしいなに笑いかけた。
「―――んで?おろち君との結婚で何を迷ってんだよ?」
―――俺さまって超ケナゲ〜。
不満いっぱいだが、とりあえずしいなの話を聞くことにする。
―――けっ。こいつらのお人好しさがうつってんの。
「―――言われたのは、1週間位前で…びっくりした」
―――俺がしいなだったら全っ然驚かねーけどな〜。
「……おじいちゃんも乗り気で……」
――全く血の繋がりのないしいなを育てたイガグリにしいなはひとかたならない恩義を感じていた。
イガグリが乗り気なら、しいなは断りにくいことは容易に予想出来た。
「……あたしはこんなだから……おろちが傍にいてくれたら助かると思う」
「…おいっ!惚気てんのか!?……んじゃー何迷ってんだよ??」
「…………」
しいなは俯いた。
「……わかんない…」
「………おい。1番肝心なこと、聞くぞ?………お前、おろち君のこと、好きなわけ?」
―――しいなの瞳が揺れた。
「……わかんない」
―――安堵するような。それでいて、痛みを伴うような―――――。
「……わかんないって…それじゃダメじゃねーか…」
「……だ……だって……!もちろん嫌いじゃないよ?……幼なじみだしっ…!………でも…」
「………親のことか?」
―――あの事件の時、おろちとくちなわの両親は命を落としたと聞いた。
しいなのことだ。―――それに対し強い罪悪感を持っているのだろう。
「いーんじゃねーの〜?おろち君がいーってゆーならよ〜」
―――次第に募る苛立ち。
どーして俺が結婚を勧めなきゃいけないわけ??
―――この苛立ち。
言葉の端々にも出ていないか………?
――らしくない。
しいなの表情は冴えない。
苛立ちのせいだろうか―――ちょっとした悪戯心が湧いた。
「…なぁ、しいな?」
「ん?」
「お前さ〜覚悟出来てるわけ?」
全く理解出来ない―――そんな表情で見上げてくるしいなにいらつく。
――――手に入らないなら壊してしまえばいい――――子供みたいな独占欲。
しいなの身体を捕え口唇を奪った。
「……っ…?!」
そのまま、押し倒して首筋に舌を這わせた。びくっと身体を震わせるしいなを見下ろす。
「……ケッコンしたら、もっとすげーことすんだぜ?おろち君とそーゆー覚悟あるわけ?」
「…………」
しいなは先程とは明らかに異なる理由で震えている。
「………っ……のにっ…!」
「…あ?」
「初めてだったのに!!ゼロスのバカッ!!!」
――強烈なパンチ。眩む意識。
――――初めて??
何が???
自らの行動を反復してみる。ほんの悪戯心でしたKiss――――まさか。
ゼロスは起き上がった。
「……って…えー?!しいなぁー!……初めてのちゅうだったわけ??」
しいなは涙の滲んだ瞳でゼロスを睨み付けてくる。
「死んで償え!!バカー!!!」
ポカポカ殴り付けてくるしいなの腕を捕らえてゼロスはしいなの目を覗いた。
「―――つかぬ事を聞くんだけどよー」
「なんだい!?離せ!!」
「初Kissの相手と結婚するようなナイスな風習はミズホにはないわけ?」
「あるかっ!」
「なーんだ。残念。俺さま的には責任とりたい気分なんだけど…」
―――こんな遠回しな言い方ではしいなに通じないことなど百も承知だが。
今は最高に気分が良いので、良いこととする。
「――やめちまえよ」
「―――っ…」
「――義理とかなんとかで結婚すんのは神託の降りた神子だけで充分だろ?………迷いだら
けで覚悟もねぇ……そんなんらしくねーよ」
しいなの瞳が揺れた。
先程まで暴れていた腕から力が抜ける――――。
「………もっと時間が経って、しいなに迷いがなくなって覚悟が出来てからでもいーんでないの〜?」
―――それは相手がおろちでなくとも。
考え込むしいなの鼻先にKissを落とした。
しいなの鉄拳が落ちる前に身体を引く。
「俺さまならいつでも責任とるからな〜!」
「ふざけんな!このアホ神子ー!!!」
end
2006.10.19up
森羅様キリリク special thanks!!
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