<sincerely desire>
ぱちぱちと、爆ぜる焚火を眺めていた。




<sincerely desire>




「…………ゼロス。なにしてんだい?」

「なにって見りゃ分かるだろ〜?焚火みてんのよ」

「………。さっさと寝な。寝ないと明日、キツイよ」

しいなは今日は寝ずの番。その代わりに明日は戦闘には参加しなくても良いのだ。

だが、ゼロスは明日も戦闘メンバー、睡眠不足は露骨に影響する。

「…………」

それなのにゼロスは焚火から目を離そうとしない。

「………もしかして…眠れない……とか」

「…あ〜…。まーな……」

ミズホの民の中でもテセアラの神子の気配への敏感さは有名な話だった。

幼い頃から暗殺の危機と隣り合わせに生きて来たせいか、気配を殺せる筈のミズホの民
の気配を感じとる―――――しいな自身、仕事でゼロスを見張ったことがあったがあっ
さりと存在を見破られた。

そのゼロスが――これだけ人の多いところで眠れる筈はない。しかも貴族のゼロスは野
営などしたこともないに違いない。

「……でも……寝ないとキツイよ」

「…わーってるって…」

ゼロスはふいに横を向き、同じように焚火を瞳に映している少女を見た。

彼女の瞳に焚火は映っているが、彼女の目は何も見てはいない。

―――心すら、失ってしまっているから―――。


「こら。妙なこと考えるなよ?コレットに悪戯したらあたしが許さないからね?!」

……以前と同じことを言うしいな。



―――よっぽど信用ねーの…。

苦笑しながらしいなを見る。

「…あのなぁ…しいな。俺さまは同意のない女の子に悪戯する程飢えてねーっての」

「…どーだかっ」

ゼロスはくすり…と笑うと再びコレットに視線を戻した。

「………辛いんだろうな」

ゼロスの言葉にしいなは俯く。

「……あんたは見たことないから分からないだろーけど…コレットはホントに優しく
て…よく笑ういい娘だったんだ。……こんなことになっちまうなんて…」

微かに涙ぐむしいなに苦笑する。

「…すげぇなぁ。俺さまにはとても無理だわ〜」

「……だろうね」

「………」

あっさりと同意するしいなに嘆息し、ゼロスは首を振った。

「……そーゆー意味じゃなくて…」

「……じゃあどーゆー意味さ?」






「………俺さまが同じように、心をなくしちまったら、お前、同じように泣いてくれる
か―――?」





――――考えたことも無かった。

だが。それは現実的な仮定だ――――もし、あの時、コレットが身を捧げて世界再生を
成し遂げたなら、世界は反転しテセアラが衰退世界となる。

――――その時はゼロスが世界再生の旅に出るのだ。



―――ゼロスが………笑わなくなる……?

想像出来ない。

いつもゼロスは笑っていて―――よく喋って、自信家で―――。

そんなゼロスが一つ一つ、失って行く。――――見たことはないけれど黄金色の羽根の
代償に―――。




「そんなの……やだ!」

「……は?」

しいなの突然の言葉にゼロスが目を丸くした。

「……それじゃあんたじゃないじゃないか…!……そんなの……やだ…」

自らでは理解出来ない感情のうねり。

―――何故か涙が溢れた。

「……どんな綺麗な羽根が生えても、どんな力があっても……やだ…っ!!」

「…し……しいな?大声出すなって!!起きちゃうぞ!」

ぽろぽろとしいなは涙を零す―――。

「……だって……だって………もしあんたがコレットみたくなっちゃったら……あたし、
誰を殴ればいいんだい……?」

「……あ〜。その台詞がなければ俺さま、間違いなくお前をハグしてたわ…」

「……でも……でも……」

涙を溢れさせるしいなは、冗談抜きに可愛いが―――。ハグしたら鉄拳が飛んできそう
だ。だから、親指で涙を拭うにとどめる。

「――アホか〜。お前らそうしないためにわざわざテセアラに来たんだろ〜」

しいなの頭を撫でてやりながら、小声でゼロスは言った。

「………そう……だよね。大丈夫だよね……?」

しいなは首を傾げた。









「―――あんたは天使には、ならないよね……?」









――――ぱちり…と、焚火の中にくべた木が大きく爆ぜた。




「――多分………な」





もう一度、コレットを見つめる。彼女の背のピンク色の羽根と虚な紅い瞳――――



「そう………多分…」




自らに言い聞かせるように、ゼロスは呟いた。




end


2006.9.29up