<去る者は日々に疎し>
本編は「ゼロしい祭」に提出したSSです。
大変暗い内容(クラトスルート)になりますので苦手な方はご注意下さい。
―――ねぇ?
あたしは思うんだ。
あんたはあたしの心の中に永遠に消えない痕を遺した。
――――それなのに……。
なんであたしは………―――――
<去る者は日々に疎し>――――――――――親しかった者でも遠く離れてしまえば、しだいに親しみがうすれていく。また、
死者は月日がたつにつれて、しだいに忘れられていく――――福武国語辞典より。
皆に会うのは1年ぶりだった。
1年に1度、旅をした仲間と会おうと言ったのは、ロイドだったか、コレットだったか、もう、覚えていない。
近況を報告して、美味しいご飯を食べて――――ロイドとコレットがどれだけのエクスフィアを回収した、とか、リフィル
がハーフエルフとして初めてメルトキオの王立学問所の教師に招集されたとか、少しずつ、少しずつ表情が明るくなっ
て女の子らしくなっていくプレセア、とか。
あたしはあたしで、毎日忙しい。メルトキオ王家とミズホの関係は極めて良好だったしやらなきゃいけないことはたくさ
んあった……。
「――あれ……?」
あたしはいつも集まるアルタミラに着いて、少し戸惑った。主とも言えるリーガルがいなかったから。
「リーガルさんはどうしても外せない商談があって今日は来れないそうです」
相変わらずあたしが感情を隠すのが下手なのか、それともプレセアの勘が鋭いのか、プレセアが言った。
「……そうなんだ……」
「とても残念がってました。皆さんによろしく……とあとはこれを」
プレセアは立派な包装をしてあるワインを示した。
********
「……しいなってさぁ、本当に隠し事、下手だよなー……思ったことがすぐ分かるっての?」
「うるさいねっ!!」
「ま、ロイド君といー勝負ってとこか……」
「あんたは勘が鋭過ぎるんだよ!隠すのも上手いし」
そういうとゼロス―――あいつは曖昧に笑った。
「んなこたねーぜぇ?プレセアちゃんなんか俺さま、びっくりな位勘がいーしー、リフィル様もあれでなかなか鉄面皮だぜ?」
「プレセア?プレセアって勘いいの?あんまりそう見えないけど……」
あたしがそういうと、あいつはあたしの頭をくしゃくしゃ掻き回して笑った。
「……しいなー。変わるなよなー……俺さま、しいなだけは変わらないでいて欲しいよ」
*******
「……しいなさん?」
あたしはプレセアの声で我に帰った。
「……あ。ごめん。ワ……ワイン持とうか?!」
「いえ。大丈夫です。それよりしいなさんの荷物を」
「……あ」
そうか。相手はゼロスもびっくりな位馬鹿力のプレセアだ――――プレセアがあまりに柔らかな笑顔を見せるものだから、
普通の女の子に接するみたいにしてしまった自分が妙に可笑しかった。
「……しいなさん、荷物少ないですね」
「……うん。明日、朝早くから仕事だから夜帰らせてもらうよ」
「………そうですか……。忙しいんですね」
そのプレセアの言葉にあたしは曖昧に笑った―――まるであの時のあいつみたいに。
忙しいことを望んだのは、あたしだった。本当は、明日の仕事だってあたしじゃなくて良かった―――だけど、忙しければ
忙しい程、その仕事が危険であれば危険である程に、あたしは悦びを感じた。
死線に近ければ近い程、‘あの日’から全ての感覚が鈍くなってしまったあたしの感覚が唯一、鋭くなる。その瞬間が堪ら
ないんだ。
あいつの言葉がフラッシュバックする。
『……しいなー。変わるなよなー……俺さま、しいなだけは変わらないでいて欲しいよ』
あたしは変わった―――プレセアが変わったように、あたしは変わってしまった……。
少し自嘲して、あたしはプレセアに訊ねた。
「皆は? もう来てるのかい?」
「……」
プレセアは何かを言いたそうに口をほんの少しだけ開いた――――けれど、また何もないように口を閉じる。
前までのプレセアなら、無表情でそんなこと、分からなかった―――――それとも、あたしがそれだけ人の顔色を読めるよ
うになっただけ?
「はい。皆さん来ています。リフィルさんは、王立学問所の仕事がお忙しいそうで今日は来れないそうです。ジーニアスも……」
「……そっか……」
段々、来る人の減る集まりに一抹の寂しさを感じた。
あたしは………。
何を期待してるんだろう?
毎年、毎年、ここに来て。本当は感じるんだ。
もう、絶対に来ないって。
目を閉じて、なぞる。
あいつの顔、声、温度――――――。
*******
「ひゃっ!?」
「うひゃひゃひゃー♪しいな隙だらけー!」
簡単にバックをとられて、背中をつっとなでられてあたしは悲鳴を上げた。おまけに耳元にいかがわしい息まで吹きかけて。
鳥肌が立ってさらにあまりに簡単に後ろに回られたことにムカついて張り倒した。
「いてー!!!この妖怪怪力暴力鬼女ー!!」
「うるさい!この歩くワイセツブツ!!!」
******
………今思えば。
あんなに簡単にあたしのバックを取ったんだ。あたしの正面からの攻撃なんて簡単にかわせた筈だよね。
わざと避けなかったの?
だとしたら、あんたって本当にバカだよ。あたしをからかいたいが為に、本当に……バカ。
気付かなかったあたしはもっとバカだけど。
「よぅ!!しいな。元気か?」
「……ロイド……」
1年振りに会ったロイド―――。あたしは目を細めた。
「ロイド、背、伸びたね」
「へへっ。そうか?もうすぐ父さ……クラトス位になるかな?」
屈託のない笑顔に尖っていた心が和んだ。
「――クラトスはまだまだだけど……」
――――『ゼロス位にはなったよね』
「………」
その言葉を飲み込んであたしは質問した。
「エクスフィアの回収はどうだい?」
「………うん」
喋るロイドの横顔を見ていた。あの時もそうだったけど、ロイドは明るくて、前向きで生命力に溢れていた――――そんな
ところに恋をした。
*******
「なによなによ?しいなってばしけた面してー」
「う……うるさい!あたしだって一人で考えたい時位あるんだよ!!」
「……ふーん……」
ゼロスはすっと目を細めた―――あたしは本当に一人にして欲しいって思っていた――――何しろ、ロイドとコレットが仲
睦まじく話していたから。本当にお似合いでお互いを思い合っていて、入る隙間なんて全然ないって知ってたのに―――だ
からゼロスから顔を背けた。
ゼロスは本当に人の気持ちに聡い奴だったから、その時のあたしの気持ちなんて筒抜けに違いなかった――――それ位あ
たしだってわかっていたから、耐えられなかったんだ。
憐れまないで。あたしは最初からこうなること位知ってた―――――だから同情なんて、しないで。
「――!」
抱きしめられていた。
「…………」
声を上げることさえ、動くことさえ忘れてあたしはされるがままだった。
その耳元にゼロスは囁いた。
「…………俺じゃ……駄目か?」
どくん、と胸が鳴った。
「俺さま辺りで手、うてよ?」
ひっぱたいていた。何故だかその言葉は悲しくて、頭にきて、どうしようもなかった。
こいつの前だけでは泣きたくないって思っていたのに――――涙が出た。
「……………」
「サイテーだよっ!!」
******
「……しいな?」
「………あ。ご……ごめん」
「………元気ないな?」
あぁ………ロイドってば全然変わってない。
本当に優しくて――――でも、その優しさは時として残酷なんだ。優しくされて傷付くこと――――そんなことがあるなんて
こと昔は知らなかった。
*****
「‘優しさ’って難しいよなー……」
「なにさ?薮から棒に?」
「お前はさー、ロイドのことやさしーやさしーって言うけどさー?
俺さまからすりゃロイドは全然優しくねーと思うのよねー。どっ
ちかつーとまだリフィル様の方が優しいって思う」
「はー?あんたおかしいんじゃないのかい??」
******
「……にしてもあれから4年かぁ……」
「……クラトスは元気にしてるかい?」
「あぁ……便りはないけど、きっとな!」
「…………」
この1年に1度の集まりにはある不文律がある。
それは、‘ゼロス’なんて人間はこの世に存在していなかったように振舞うこと。
その言葉を出すのは禁句のように、誰しもがその名前を呼ぶことはなかった。
叫び出したくなる。
ねぇ?どうして?
あたしたちはあいつのことが嫌いだったことなんかない筈なのに。
「………ねぇ……ロイド……」
‘ゼロスって覚えてるかい……?’
「………喉、渇いたよねっ?あたし、飲み物取って来る!!」
あたしはもう一度、目を閉じる。
さっきと同じように、ゼロスの顔、声、温度をなぞる―――…………
あいつの思い出は様々な形をしていて、一言で言うことなんかとても出来ない。
はっきりしているのは、もうその数が増えることはないってことだけ。
その殆どは痛みを伴ってあたしの中に蘇った。
********
どうしてだろう?
どうしてこんなことになったんだろう……?
「…………」
「しいな……」
あいつに抱かれながらあたしはひたすら考えていた。どうしてこんなことになったんだろう……って。
好きだから?
あたしはあたしに自問する。好きだからあたしはこいつに抱かれたんだろうか?
眼を開けて、ゼロスを見る。ゼロスの蒼い眼は何処か苦しそうで、悲しそうで、息が詰まる。しかもその眼はどこかで見覚えがあった。
罪に怯える咎人――――そうだ、この眼をあたしは確かに見たことがある。
――――――鏡の中に。
「………いいよ」
「……?……しいな?」
それなら。おあいこだから。あたしはあたしで、あんたはあんたで、ここにある感情が何なのかなんて疑問は意味がない。ただ、寂しさを
埋めることが確実に出来るってことだけが確かなこと。
言葉もなく、口付ける――――言葉さえ発することが叶わないその激しさが愛おしかった。
ゼロスは時々、あたしの身体に痕を残した。それは見えない場所を選んでいたがあたしは不満だった。コレットやプレセアは大丈夫だと
思うけど、もしリフィルと一緒にお風呂に入ることがあったらどうやって言い訳すればいいの?―――そう訊くとあんたはただ、笑って答えた。
「俺さまに付けられたって言えばいいじゃん」
「そんなこと言えるわけないだろ?あんただって困るくせに」
あたしがそういうとあんたは苦々しく笑った。
「だって、寂しいじゃん」
「……………」
寂しい??その時のあたしは全然その意味が分からなかった。あたしたちの寂しさは似た形をしているとあたしは思っていたから、そ
の言葉の指している‘寂しさ’の意味があたしは分からなくってただ、戸惑ったのを覚えている。二人でいて、二人で肌を重ねて、その
どうしようもない熱さや、痛みや諸々のもので、それは忘れるものじゃ、なかったのか?
「……だってさー?この痕がある間はしいな、俺さまのこと覚えてるだろ?」
――――なんとも言えない色の瞳でゼロスは言った。
「……忘れられるのって寂しいでしょ」
「……あんたみたいなアホ、忘れようたって出来ないよ」
「………んなことねーよ」
低い声でゼロスは言った。
「人間の記憶なんて、曖昧で、テケトーでいいかげんで儚いもんだぜ」
まるで自分に言い聞かせるようだった。
「もしも俺さまがいなくなったとしてー、しいなは絶対俺さまのこと忘れちゃうわけよ。まーキスマーク付いてる間は無理だろーけどさぁ
……それにさ、そうじゃなきゃ、いけないんだ」
ふ、とゼロスは笑った。
「だってさ、忘れることが出来ないなんて辛すぎねーか……?
‘あの日’の記憶は消えないけどさ、多少は薄れてるだろ?」
「……………」
「時は傷を癒すんだ。完全に癒される日なんざないけどさぁ………」
だから、とゼロスは言葉を次いだ。
「俺さまがいなくなってキスマークが消えたらしいなは俺さまのこと、忘れていーんだぜ?」
「……」
「出来るなら………永遠に消えなきゃいーのにな……」
ゼロスはあたしの胸元に付けたキスマークをそっと、撫でた。その感覚とゼロスの真剣な表情にあたしはぶるり……と震えた。
「……ゼ……ロス……?」
「……。ごめんごめん。じょーだんじょーだん!俺さまがいなくなるわけないでしょーよ?たださー俺さまばっか愛の証を残しててさーちょ
っと悲しくなっちゃった、ってわけよ」
ゼロスは悪戯っぽく笑って言った。
「……しいなもさ?もっと情熱的に俺さまに痕残していーんだぜ?キスマークとかさーあと女の子は背中に爪痕とかもセクシー……って
…その深爪じゃ無理か。やっぱしいなじゃパンチの青痣くらいか〜」
「……っ……このアホッ!!」
「わ!!!ぶつな!」
あたしは柄にもなく、自分からゼロスに抱き着いた。
「!!」
「忘れるわけないだろ……」
「………」
「あんた、忘れろとか忘れるなとか………全然わかんないよ!」
変わるな―――って言ったのに、あたしは変わった。こいつのせいだ。
自分でも持て余すような苛立ちをゼロスにぶつけると、ゼロスは相変わらずの笑顔を浮かべた。
「でしょ〜?男心はしいなと違って複雑なのよ〜」
「アホ!!」
******
憎い、とさえ思っていた。好きとか、嫌いとか、よく分からないまま流されてしまった――――そうさせたゼロスもあっさりと流された
自分も。
許せなかった。
でも、ゼロスといればほんの僅か痛みを忘れた――――その痛みはあとで数倍になって跳ね返ると気付いた時にはもう、離れられ
なかった。
大体ゼロスといると、自分の様々な感情が鮮明だった。怒りや悲しみ――――それだけじゃない。あの時のあたしはしょっちゅう怒っ
ていたけどしょっちゅう笑っていた。あたしが少し暗い顔をするとあいつがくだらないことを言って笑わせてくれた。
狂おしい位の痛みも、もたらしたのはロイドじゃなく、ゼロスだった。
あたしは視線を胸元に落とした――――あの時、鮮やかな紅い色だった痕は今はもう消えて、生白く蛍光灯の光りを弾いていた――
―――当然のことなのに呆然とした。
もう一度目を閉じる。
ゼロスの顔――――紅い髪―――いつも手入れが行き届いていて本当に綺麗だった。あたしはあいつのさらさらの髪を触るの、大好
きだった。蒼い目――――いつもいつも、何を映しているのか不安だった――――思えばあれはゼロスの不安を映していたんだ。
ゼロスの声――――耳元で囁く声、嘘でもいい―――そんな響きを持っていて………狡い、と思ってた。でも大好きだった。
ゼロスの温度――――――――どうしてだろう……?
上手くいかない。
ううん。本当は温度だけじゃない。顔だって声だって皆、朧げでなにひとつあたしは自信を持てない。
ゼロスってどんな顔してた?
ゼロスってどんな声だった……?
思い出は今もこんなにあたしを切り裂くのに、何一つ鮮明に思い出せない。
あいつを失った時のどうしようもない痛みを思い出そうとした―――――胸が痛い。でも……あの時の強烈な痛みとは絶対に違う。
どうしよう?
どうしよう?
あたしの中のゼロスがどんどんと朧げになって行く。
あいつの腕の中は確かに暖かった筈なのに――――。
寒い―――………。
どうしようもなく寒い………。
「しいな、だいじょぶ?」
背後からかけられた声にあたしは振り返った。――――そこにいたのはコレットだった。ふんわりと周囲の気温が上がる。
「………う、うん。ごめん。ちょっとぼーっとしちまった……」
「飲み物、持って行くの手伝うよ?」
「う、うん。ありがと」
コレットは、柔らかく微笑んだ。相変わらず温かな笑顔であたしはほっとする。
あいつと同じ、神子だったコレットは、平和を作り出した、最後の神子として讃えられている。けれど、派手な生活をするわけ
でもなく、ロイドとエクスフィアを回収する旅をしている。
訊きたい衝動に駆られた。
『ねぇ?コレット。ゼロスのこと、覚えてるかい?』と―――――。
でも、もしもその可愛い顔で笑いながら、
『……誰のこと?』
なんて言われたら―――――怖い。だから、あたしは訊けない。
「コレット、嫌いな飲み物とかってあるかい?」
冷蔵庫を開きながらあたしは大して訊きたくもないことを訊ねた。
「ううん。ないよ。あ……でも、ロイドは炭酸が苦手だよ?」
「うん。分かった。ワインはきっと飲むよね?」
「うん」
あたしはワインセラーからプレセアが入れたワインを取り出した。
「…………」
コレットは懐かしそうに目を細めた。とても懐かしい―――でも悲しい、そんな顔。
「どうしたんだい?」
「大好きだったよね……」
「え?」
「………ゼロス」
―――発せられる筈のない言葉にあたしは動揺した。
今、コレットはなんて言った……?
「………ゼロス、この銘柄のワイン大好きだった……」
どうして?
どうして?
そんなこと、言うの?
コレットは淋しげに笑った。
******
「かぁー!!美味い!!やっぱ違うね〜!」
「……そんなに違うのかい?」
「全っ然違うって!!一口飲んでみ?まずこれがぁ安〜い奴!連日のガルド不足のせいで俺さまが飲まされてた奴だな」
「ん〜……変な味……」
「でぇこっちが高い奴。アルタミラ786年もの」
「ん〜…?やっぱり変な味……よくわかんないよ……」
「………やっぱ……お子様かつ貧乏人にはわからねーか……」
「悪かったねっ!!」
「いてぇっ!!」
*******
「……………」
涙が出た。
「………しいな?」
――――狡いよ。
『だって、寂しいじゃん』
忘れられることが?
ねぇ?でも知ってる?
忘れることも、こんなにも寂しいこと。
『俺さまがいなくなってキスマークが消えたらしいなは俺さまのこと、忘れていーんだぜ?』
忘れることも、はっきりと思い出すことも――――出来ない。
こんなにも、こんなにも想いは消えやしないのに、時はなんて残酷なんだろう―――。
「……コレット………あたし………」
心配そうにあたしを見ているコレットがいた。
「………ゼロスを……忘れちゃうよ……」
あの顔を。
あの声を。
あの温度を―――――。
「……忘れたくなんて………ないのに………」
あたしが忘れてしまったら、誰がゼロスを思い出すんだろう?
それとも‘ゼロス’なんてあたしの造り上げた幻なんだろうか―――――有り得ない。でも、どこにも証拠なんてない。
あいつがあたしに遺した痕も、消えてしまった。
――――消えなければ、良かったのに…………。
あたしはただ泣き崩れた。
end
2007.9.2up
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