lost heaven
「…………」
俺はただ、その光景を眺めていた。
<lost heaven>
笑うしいな――――あんな笑顔、見たことがない。心から楽しそうで、嬉しそうなしいな。
――――あの笑顔を俺は、渇望したのに………手に入ることなどなかった。付き合っている間でさえ、ただの一度も。
―――ただ些細なことを話すだけ――――その相手がロイドなだけで、お前はそんな笑顔を浮かべられるのかよ?
知っていた。
解っていた。
それなのに、それを目の当たりにするとどうしようもなく動揺する自分の滑稽さに笑えた。
肩を揺すって笑うしいなとロイド。二人の距離は近付いて………苛付く。
ロイドはしいなを見ない。
俺は確信している。それなのに………この感情はなんだってんだよ……。
「――ゼロス」
肩を叩かれて、ぎょっとした。
――――全く気付かなかった………肩を叩いたのは…………。
「………コレット……ちゃん……」
俺と対を為すらしいシルヴァラントの神子は正に天使の微笑みを浮かべ、俺を見た。
「……びっくりした〜?」
「びっくりした。びっくりした〜」
おどけた口調で俺は答えた。
―――けれど内心は本当に驚いていた。自慢じゃないが…常に暗殺の危機と背中合わせに生きていた俺は人の気配
にかなり敏感なのだ――――それこそ、隠密と言われるミズホの民の気配を察知する程に、その感覚は研ぎ澄まされ
ていた筈だ。
―――だと言うのに。
コレットは容易に俺のバックをとった――――もしも、コレットが俺を殺そうと思ったなら容易にそれは叶うだろう――――
そう思うと何故か肌が粟立った。
コレットが俺を殺そうとする訳がないのに。
そうだ。コレットが俺を殺そうとするわけがない。こんなに清純で穢れを知らない素直な―――そう、神子制度の本質を知
りながら、自ら生贄の羊になろうとする程に―――正に天使のような少女が。
俺は、コレットに微笑んだ。
「……で、どーしたのよ〜?コレットちゃーんv」
「……」
コレットは答えない。……ってか自分で話しかけて来てシカトですか……。
コレットの目は真っ直ぐに、先程俺が見ていた場所―――未だに会話を続けるしいなとロイドを見ていた。
「………」
ロイドにはっきりとした好意を持っているコレットはおそらく目にしたくないだろう光景―――――。
俺は何かを言おうとした―――でも何を?俺だって見たくはないんだ。そんな光景。
「………ひどいよね?」
ぽつりとコレットが呟いた。
「……え……?」
我ながら、間抜けな答えを返した。
―――そう呟く彼女の表情は驚く程いつもの表情ではなかった。いつもの天真爛漫な天使の様な貌は陰に潜み―――そ
れはドキリとする程……。
「………ひどい……ってゼロスは思わない?」
二人を見たまま、コレットは呟いた。
「……ひどい……って……」
―――この天使の様な娘が、‘ひどい’なんて負の感情を抱くこと……あるのか……?
「……ひどいよ。残酷だよ………ねぇ…ゼロスもそう思うよね…?」
「……あ…あの……コレットちゃん…?ひどいって……ロイド君?」
――コレットは笑った。それは今まで知っていた無垢な笑顔ではなくひどく大人びていて―――。
「………ゼロスって……わたしに似てるんだよね?」
質問にまた謎掛けのような質問で答えるコレット……。
―――似ている?
有り得ない。見た目は言うまでもなく、性格も全くの正反対と言っていいだろう…。
「―――わたし、知ってるよ?」
「……?」
「……神子はマーテル様の器……マーテル様に似ている者が選ばれるの。………だから……ね?わたしとゼロスは似て
るんだよ?」
「……」
確かに、神子の定義はその通り――だから俺とコレットは遺伝子的な相似は確かにあるのだろうが……その話と‘ひどい’
と言う話の繋がりが……解らない。
「………」
全く解らない――という顔をしてしまった俺に、コレットは笑った。二人に目を戻しながら呟く。
「………ロイドも……しいなも………ひどいよ。わたしもゼロスも……こんなに好きなのに」
「…!」
―――俺は別にしいなのことなんて………俺のそんな戯言は虚しく消えた。コレットがまた、俺に大人びた笑顔を向けたから。
「………わたし……ね?」
「………」
「……今でも本当はこんな世界、どうなってもいいの」
「…コレット…!」
「……でもね?わたし、神子だから」
――――その言葉には聞き覚えがあった。
‘神子’だから。
―――貴方は人々の希望なの。
―――常に人から敬われるようにしなさい。
―――教会に行って、祈りなさい。この繁栄が永遠に続くように――。
‘神子’だから。
‘神子’だから。
‘神子’だから。
その全てに反発しつつ、テキトーに受け流して生きてきた結果がこれだ。
―――母には疎まれ、妹には憎まれ―――地位と名誉だけが目的の蝿共ばかりが辺りを飛び回り、揚句の果てはスパイ活動
までさせられる―――そんな、結果。
「神子だから……皆の幸せを願わないといけない……わたし、見たこともない人の幸せなんて祈る程いい子じゃないのにね。……
でも神子だからずっとずっとずっと………そう振る舞ってたの」
「………」
「わたしだって嫌いな人、いるのに、その人の幸せの為にわたしに死ね……って不条理だよね?」
「………」
コレットの過激すぎる発言に俺はいつもの軽口をきくことすら忘れていた。
「……わたしがね、死んでもいい……そう思ったのはロイドがいたからなんだよ?」
その発言に、ほっとした。
――ほら、やっぱり俺とコレットは似てなんかいない。俺はしいなの為に命を棄てるなんて無理だ。
「……ロイドの幸せのためじゃないよ?」
「……え……?」
―――それ以外、何が……?
「わたしがね、ロイドの為に死んだら……ロイドは永遠にわたしのこと……忘れないでしょ?ロイドは誰といてもわたしのこと思い
出す。それはね……薄れはしても消えはしないの」
コレットは自分の胸の辺りを指差した。
「だからね……ロイドの心の中心にいられるなら死んでもいい……そう思ったの」
――――オレノコト、ワスレナイデ――――――俺の中にある確かな願望――――その形は確かに……コレットの浅はかな願
望によく似た形をしていて――――。
「あはは…!確かになぁ…!―――哀しい位、コレットちゃんの気持ち、俺さま解るかも〜」
コレットは笑った―――久しぶりに今までの笑顔に近い。
「……でしょ?」
だが…すぐにその笑顔は鳴りを潜めた。二人に目をやるコレット―――。
「……それなのに……」
「……大丈夫…だよ。コレットちゃんの気持ちは必ず伝わるさ……」
―――そう。それは確実に。
おそらく裏切り―――そして死んでいくだろう俺とは異なり、もしもロイドたちに明るい未来を掴むことが出来たなら、ロイドはコレッ
トを選ぶだろう―――それは約束された未来に思われた。
「……ううん…」
コレットは首を振った。
「……ロイドには伝わらないよ…」
「……んなこたねーっ……て……」
―――コレットは、泣いていた。鳴咽すら漏らさず、ただ涙を流していた。
「……コレット…ちゃ……ん……」
「……ロイドには伝わらないよ。………伝わって欲しくないよ……わたしがこんなひどい子だなんて、知られたくないよ………」
「………」
「………ロイドの前では、皆のこと思いやれて、優しいコレットでいたいの………」
「………」
「……でも、それって変、だよね? わたし、ロイドのことが大好きで、大好きなのに……ロイドの前では‘コレット’じゃなくて‘神子’
じゃないといけないなんて……」
――――俺はコレットを、抱きしめた。
コレットの視界に、何も入らぬようにそっと―――。
「……ゼロス、わたしのこと、好き?」
俺の背中に、腕を回しながら、コレットは訊ねた。
「――……」
あの愚かな女共に訊かれたなら、すかさず『愛してるよ』………そう言うのに、虚しい位、口は動かない。
コレットは笑った―――――涙を流しながら。
「……だいじょぶ。知ってるよ?しいなが好きなんだよね?」
「………」
言葉を返さず、俺は頷いた。
「……わたしも、ロイドが好きだよ」
また、俺は頷いた。
「………でも、今は……………こうしていてね?」
俺は頷き、コレットを強く抱きしめた。
――――このよく俺に似た堕天使が、これ以上傷付かないように祈りながら――――。
end
2007.1.8up
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