<花びら>






<side S>



こいつは口でなんやかんや言って、本当は誰よりも女、と言う生き物を憎悪しているのかもしれない。

だから、こうして…………。




<花びら>






あたしは身体に与えられた熱とは対称的に冷えていく思考の中、目をきゅっと閉じた。


………始まりはなんだんだったっけか…?

いつも騒がしいゼロスがいつになく無口だったから……気になったんだ。

奴の瞳を見たら、怖い位に見つめられて………こんなことになったのが最初だった気がする。

つくづく自分の弱さに腹が立つ。




誰にでも与えられる『愛してるよ』と言う言葉。

誰にでも与えられるキス。

誰にでも与えられる愛撫……。

他の女と同じに扱われるのはたまらなく嫌だ。



……なのに……、あたしは抗うことの出来ない波に思わずゼロスの背中にしがみつく。


ゼロスはあたしの耳元に甘い息を送り込んだ。

くすぐったいような感覚にあたしはつい身をよじる。


「…ぁ……っ……!」

「……しいな。声、聞きたい」

耳元で囁かれる甘い声に、応える余裕はない。

「しいな……」

目を開ければ、見つめてくる灰蒼の目の甘い光。

こんな目をされると………あたしは………。

「しいな?なんで泣くのよ?」

「…なんでも…なっ……」

優しくなんて、しないで。

あたしはバカだから、優しくされたらあんたの言葉が嘘だ…って分かってても期待しちゃう。

そんな自分がたまらなく嫌だから………。

ゼロスはあたしの瞼にキスした。

「……どうしたら……」

「…え…?」

「……なんでもない……」

ゼロスは言いかけた言葉を終わらせて、あたしの首筋にキスした。
それはいつもよりほんの少し長くて軽い痛みを伴った。

あたしはゼロスを見上げた。ゼロスはにやり…と口角を上げるだけ……………









<side Z>

かなり昔から、しいなのことを見ていた。

最初は単なる好奇心。
メルトキオにはいないミズホの民。黒い髪も茶色い瞳も子猫のような仕草も、貴族の娘にはいなくて新鮮だった。

その上、自分が神子と分かっていながら全くそれを気にすることのない態度は新鮮を通り越して強烈だった。

……大体、俺を会った早々呼び捨てにしたのはしいなが初めてだ。
更にアホだのバカだの言って来たのも。

皆、陰でいろいろ言ってはいても正面切って言って来たのはしいな位だ。

『神子』ではなく『ゼロス』を見ているしいなに惹かれたのはいつからだったのだろう…?

『しいな〜。愛してるぜぇ』

『なにバカなこと言ってんだい』

『バカって…………』

『愛とかそーゆー言葉を安っぽく口にすんじゃないよ!』

『へいへい…』

お前、俺さまの愛の告白を『バカ』の一言で終わらせたよな…?

俺さまの安っぽい愛の言葉なんて興味ないとばかりに。かなり悔しかったけど、ちょっとばかし痛快だったぜ?
なんの因果か一緒に旅をすることになって……お前がロイドを見ているのを見る気持ちったらなかった。

『片思い』……なんて有り得ないと思っていた。母親を目の前で失った時から歪んでしまった俺は女を抱くことはあっ
ても、思う、なんてことはないと思っていたから。

だから、お前は俺にとって何より特別な女なんだ。きっと俺の命よりも……。 何も言えなくてごめんな?



俺はいなくなってしまうから。お前の目の前から。お前の生きる世界から。



だから……せめて、お前だけは俺のことを覚えていて欲しい。それが憎悪と言う形でもいい。

俺を………『ゼロス』を忘れないでくれ………。

しいなが背中に腕を回して来た。

耳に息を吹き込む。俺はしいなのことをしいなより知っている。耳以外もしいなの感じるところならどこでも。
しいなは身をよじった。苦しげに息を漏らす。

「……ぁ……っ……!」

「……しいな。声、聞きたい」


お前の声を、覚えておきたい。お前の声で、俺の名前を呼んで欲しい。


「……しいな…」

目を閉じていたしいなが、声に目を開いた。潤んだ瞳に目を合わせると涙が零れた。

「しいな?なんで泣くのよ?」

「…なんでも…なっ……」

やっぱり、後悔してる?俺みたいな不誠実な男とヤッちゃって?


―――俺は人を不幸にしか出来ないんだ。



言葉では言われなくても悟ったあの赤い雪が降った日……。

でも………。

逃れられないように手首を捕まえる。

涙を滲ませた瞼に口付けた。

「……どうしたら……」

この狂おしい思いを昇華できるのだろう?伝えることなど出来ないけれど………。

「……え?」

「……なんでもない……」

ごまかすように首筋にキスをした。しいなの白い首に付いた赤い花びら−−女性の身体には跡を付けないこと
を信条にしている俺らしくない行動。しいなは気付けばきっと怒り狂うだろう。その光景を想像し俺は微笑んだ。








end


2006.8.23up