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「――もう飽き飽きしてたんだ……」

ゼロスは低い声で呟いた。その瞳は暗く絶望に塗り込められている………。

「…………」

しいなはゼロスを見た。

「生きることに……」






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俯くゼロス――――。

ばきっ!

「バカなこと言わずにさっさと片付けな!!」

ばさばさ…と書類が舞った。

ここはサイバック。デスクワークのためサイバックに行ったゼロスを王命で迎えに行ったし
いな――――そこで見たのは大量の仕事を溜め込み、メルトキオに帰る気をかなり失っ
ているゼロスだった……。

「やだやだ〜。見渡す限りの書類の山!これが俺さまの生きる道なら生きることなんて
やめてやる〜!」

「はい!次っ!!」

しいなは書類の山をゼロスの前に築いた。

しいなとしては王命である以上、ゼロスを意地でも連れ帰らねばならない。――そうなる
と、しいなのとれる行動は唯一つ。ゼロスのデスクワークを手伝うことだけなのだった。



「…………」

ゼロスは大人しく書類をめくりサインを施して行く。

「………な〜。しいな〜……」

ゼロスは部屋の隅で書類を分類するしいなに声をかけた。

「…なんだい?」

―――しいなの顔にも疲労の色が濃い。目が充血している……。


「……休憩……ダメ??」

「ダメ」

きっぱりとしいなは言うと書類の山に目を戻した。

「……メルトキオに戻るのは明日だろ?それまでに国王に提出出来るようにしないと…」

「はぁ〜…。久々にしいなに会ったのにー…」

「もとはと言えばあんたが仕事溜めてるのがいけないんだよっ!!」

「すまないねぇ。手伝わせて〜。俺さまが不甲斐ないばっかりに……」

「そう思うなら仕事しろっ!!」

「へいへい…」

二人は無言で仕事に没頭した。






―――1時間経過。

「あ〜。飽きたぁ〜。しいな〜」

「………」

「……ちぇ〜。つまんね〜」







―――2時間経過。

「しいなしいな〜」

「………」


「だ〜!もーやだ〜!」

「…………」

しいなは無言でゼロスを睨み付けた。

「………はい。頑張ります」







―――3時間経過した。


ふらり…とゼロスは立ち上がった。

すたすたと部屋を出ていく。

―――確かに少し外の空気を吸いに行った方がいいかもしれない。


――あたしも……。

行くか行かないか少しの逡巡―――その間にゼロスは戻ってきた。

「……俺さまの愛、いらない?」

突然の質問に目が点になった。

「……いらない…」

「えー?俺さまの愛よ〜?遠慮すんなって!」

「きゃっ」

ピトっと頬に温かいものをおしつけられて悲鳴を上げた。

「うひゃひゃひゃ〜!」

「もー!!バカなことすんじゃないよ!!」

しいなの頬に缶コーヒーを付け笑うゼロスをしいなは睨み付けた。

「ブレイクは大事だぜぇ?」

言いながらゼロスは缶のプルトップを開けた。しいなはその慣れた仕草に苦笑しながら缶コー
ヒーを受け取る。

「……あんたの愛ってグミとか缶コーヒーとか……しみじみ安っぽいねぇ……」

「なにいってやがる!ミラクルグミとかけっこー高いぜぇ?」

「……あんたねぇ……。グミをくれれば誰にでも愛してるってゆーし……」

「お?ジェラシィ?」

「バ〜カ!!」





「……俺さまはさぁ……」

ゼロスが珍しく低いトーンでゼロスが話し始めたのでしいなは顔を見た。

―――ゼロスは口元には笑みを浮かべているが、目は笑っていない。

「……こんな性格だろ〜?」

「………」

「愛がないと生きていけない……寂しいと死んじゃうわけよ」

「……ウサギ?」

しいなの言葉にくすり…と笑いゼロスは、続けた。

「…でもって俺さまはこんなだから誰からも愛されるんだけどさ〜」

「はいはい」

「……でも、いっちばん愛して欲しい人から愛されたことはないわけよ」

―――――セレス…?それとも母親のこと…?

「………だったらさぁ……代わりにたくさんの愛が欲しい……そのためには俺さまもたくさんの
愛を振り撒かなきゃいけない」

「……それは……」

間違ってるよ。セレスはあんたのことをなんだかんだ言って愛してる………そう言おうとしたが
ゼロスと目が合って言葉を飲み込んだ。

――――強い光。

「俺さまの愛が安っぽいのはそのせいなんだぜ?」

―――オマエノセイダ。

そう言われたようで戸惑いを覚えた。

―――あたしにとっちゃゼロスの愛が安っぽくても関係ない筈なのに―――こんなゼロスは少
し苦手だ。


「……そうなんだ…。で…でもいいじゃないか!……あんたのこと好きなお嬢様はたくさんいる
し…セレスだって…「―――なぁ?」」

思わぬ近さにあるゼロスの顔に息を飲んだ。

「――お前、人の話、聞いてる…?」

「……え……あ……た……ぶん……?」

「……多分じゃ困るんだけど?」

思わず後ずさって気が付けば壁際に追い詰められていた。

壁際に手を付けられて、逃げられない。

ばさり……と書類の山が崩れる音がした。


「……あ…」

「ほっとけよ」

「……でも……仕事…」

「……俺の仕事だ。気にすんな……それより」

―――それより―――。

それより?

頭が混乱する。ゼロスは何を言おうとしているのか―……。

思考力はゼロスの蒼い目に吸い取られるようで何も考えられない。動くことさえ敵わない。

―――目だ。

目を見るからこうなるんだ。目を見なければいい―――目を見ないためには――――ぎゅっと
目をつぶった。



からん――――。



缶コーヒーが音を立てて落ちる。殆ど中身が残っていたため床に褐色の液体が広がった。

「――………あ…!」

しいなは床を見た。ゼロスの腕の中から抜け出そう―――そう試みる。

「逃げるなよ」

見上げれば不敵な顔のゼロス――――。その灰蒼の瞳の射抜くような色―――。


「にげっ……!」

―――どうしてあたしが逃げなきゃいけないんだ?

『逃げるわけないだろ!』

その台詞は喉元にひっかかったように出て来ない。

思わずまた目を閉じた。


「……無意識なんだろーけど……」

すぅ…とゼロスが頬を撫でた。その感覚に身体がすくんだ。

「……誘ってるよーにしか思えねぇ…」

吐息混じりに囁かれたゼロスの低い声――――顎を掴まれ上向きにされた。

「…っ……!…?」

混乱する。

『誘って』るなんて有り得ない――それなのに……身体は動かない。

まるで金縛りのよう―――――それでいて耳元であの低くて甘い囁きをまた聞いてみたいよ
うな―――その自らの矛盾した感情がより混乱をもたらす。










―――ちっ!





ゼロスが舌打ちした。

やや遅れて、部屋のドアがノックされた。

現れたのは滞在する宿屋のスタッフである若い女性。

「そろそろ休憩されてはいかがですか?お菓子と紅茶をお持ちしました」

ゼロスはにっこりと笑顔を作り礼を言う。

まるで舌打ちした人間とは別人のようだ。

金縛りから解放されて、しいなは溜息をついた。

笑顔で女性と他愛ない会話をするゼロスを見る。

――さっきのは……。

白昼夢?

あたしがゼロスを誘う、なんて有り得ない。




―――けれど、頬に、顎に、耳に、残る感覚――。




―――わけが分からない……。

あんな舌打ちしながら次の瞬間にはあんな笑顔を浮かべられるなんて―――――理解の範疇
を越えている。

床に零れたコーヒーを拭きながら、しいなはゼロスを見た。

極上の笑顔で女性を送り出して、ゼロスはしいなを見た。

「……お。わりわり。俺さまもやるぜ〜」

「……」

「……なーに〜?ご機嫌斜め〜?」

「……あんたって…ほんとにわけ分からない……」

「そう?……しいなに対してはかなり分かり易く示してるつもりだけど〜?」

「…全っ然分からない…」

「とほ〜。俺さまかわいそ〜」



―――あんたの本音って…何処にあるんだい…?

声には出さず、床を見るゼロスを見つめた。

――そして………。

こんなことを気にしてしまうのは何故……?

自分自身の感情さえも理解出来ない。





「し・い・な」

「…わっ…!」

また間近にあるゼロスの顔――先程より柔らかい笑顔を浮かべている。

「…あんま難しく考えるなよな〜」

つん、と頭を突かれて、しいなは呆気にとられた。



―――どうして…分かったんだろう…?

「…俺さまは意外に根気があるからまだまだ待てるからよ〜」

―――待つ?
何を???

「…ま〜さっきみたいのが続いたらどれ位我慢できるか自信はねーけどよ〜」

「……ね…。ゼロス?」

「ん?」

「あたし、あんたが何か言う度に混乱するんだけど??」

素直に思ったままを言えばゼロスは苦笑した。

「しょーがねーなぁ…」

―――『しょーがないのはあんただろ!』

叫ぼうとした刹那、ゼロスに抱きしめられていた。

「…少しは混乱解決しない?」

「…し…しないっ!!このアホ神子っ!!」

ゼロスの腕から逃れしいなは、書類を見た。

ばさばさと音を立てながら、書類をめくる。

くすり…とゼロスが笑った。

「…もうっ!早くしないと間に合わないよ!」

「へいへい。もーちょい頑張りますか。……さっきの続きはその後で〜」

「結構だよ!!」

しいなは叫んだ。




eNd



2006.11.2up