<Confidential talk>
夜の帳が降りる頃、二人は屋敷の前、別れを惜しむ。
「……じゃあね」
「おぅ。気ぃつけて帰れよ〜。……あ。しいな」
「ん?……なんだ…」
CHU!
「……なんなんだい!?あんたはっ!!人に見られたらどーすんだいっ!!」
「大丈夫〜。泥舟に乗ったつもりでどーんと…」
「それを言うなら大船だし、あんたは大船でもあてになんないね!」
「……ひ……ひでぇ」
<Confidential talk>
「…………」
散々、じゃれあって二人は抱き合う。
「………早く俺んとこ来ればいーのに……」
少し苦しげなゼロスの声。
「………そんなわけにはいかないよ……」
しいなはゼロスがメルトキオに来い、と言っても首を縦に振らない。
「なんで〜?」
「……ミズホのこともあるし……セレスだって……」
「……セレスは心配しねーで大丈夫だと思うけどなぁ……」
「…………」
翳るしいなの表情。そしてしいなは近付いてくる気配に身体を強張らせた。ゼロスの腕の
中から脱出しようと試みるが敵わない。
―――近付いて来た少女は二人を見て眉をひそめた。メルトキオの王を訪問してきたセレ
スだ。
「―――公衆の面前で何してますの……?」
「せ……セレスっ?!違っ!!こ…!」
「ん〜…見て分からねぇか? 恋人同士が別れを惜しんでハグしてんのよ〜?」
「違う違う違うーーー!!!」
「………はぁ……」
セレスは溜息をついた。
―――バカな兄の所業に今更驚くことなどないが、呆れる。
それにしても……世界の恋人を自称していた兄が、ただ一人の女に入れ上げるとは変わっ
たものだ。
値踏みするようにしいなを眺めた。
――――確かに整った顔をしている。猫のよう目をしていてキツイ顔付きと言えばそうだが、
そこが魅力的………と言えないこともないかもしれない。(←セレス的消極的賛辞)
メルトキオにはあまりいない黒髪は珍しいかもしれない。(←セレス的……以下略)
そして同性のセレスでもつい目が行ってしまう豊満な胸―――胸以外ははっきり言って華奢
なのにどうなってるんだろう…?
―――不自然だわ!こんな身体でお兄様を惑わすなんて(←どちらかと言うとしいなの方が
惑わされている…)なんて女!!!
セレスの睨みにビビった様にしいながゼロスの影に隠れた。
「…おーい。セレス、あんまり睨むなよ。しいなはお前のお義姉様になるんだからよ〜」
「じょ……「冗談はおやめになって!!!」……」
――――思いの外、キツイ口調にゼロスの顔が強張る。しいなに至っては凍り付いたような表
情を浮かべている。
「ふざけるのもいい加減になさって!!お兄様がそんなこと言ってその気になった女が何人いる
と思ってますの!?」
「―――セレス」
ゼロスの静かな口調。いつも高めのトーンの声で話す兄が低い声を出す―――――不機嫌な証。
いつも豊かな表情はなりを潜めて、あの大嫌いな貴族連中と話す時のような愛想笑い。
―――それはとても美しいのに、とても怖くて。
「――先、屋敷帰ってろ」
「……!……お兄様なんか知らない!!」
叫んで走り出した。
「ど…ど…ど…どーしよう!?ゼロス!!あんた追い掛けなきゃ……っ!!」
「……あー!もう!落ち着けよ!あいつはメルトキオで行くとこなんて屋敷位しかねーから安心し
ろって!」
「…………あたし…やっぱり、セレスに嫌われてるね…」
しいなはがっくりと肩を落とした。
「……んなこたねーと思うけどなぁ。まぁ気にすんな。……ごめんな?不愉快な思いさせて…」
「……ううん。しょうがないよ。……セレスはあんたしか頼る人がいないんだから当然さ……早く
行ってあげな?」
「……しいな。お前……俺さま以外には優しいな…」
バキッ!!
「殴るよ?!」
「殴った後で言うんじゃね〜!!」
じゃれあった後の妙な静寂―――しいなは約束事のように目を閉じる。
そして約束事のようにゼロスの口唇が触れてくる。
「……あたし…頑張るよ。……セレスに好かれるのは無理かもしれないけど、普通程度になれ
るように…」
「……お?それってプロポーズ?!」
「違うよっ!!////」
「……まぁ俺さまも頑張るからさ〜」
「……ん。じゃあもう行きな………ってなにしてんの?」
「……え?別れのちゅうをもう一回、今度はしいなから〜……と思って」
「ふざけんなっ!!」
――――思えば、自分と兄程歪んだ兄妹もいないかもしれない。
物心つく前から南の修道院に幽閉されていたセレスは時折、王の恩赦でメルトキオを訪れるこ
とを赦されていた。
その度に、トクナガと行くメルトキオの一等地にある屋敷――――そこに住む赤い髪の少年。
―――貴方様の‘お兄様’です。そしてこの方が‘神子様’です。
『…よぉ。お前がセレスか。俺さまはゼロスだ。‘お兄ちゃん’でいーぜー?』
―――‘お兄様’――?
幼心に自分には身内なんていないと思っていた。だから初めて聞く‘お兄様’なんて響きに嬉し
くなってきた。
『おにいさま』
そう言ってちょこちょこゼロスの後を着いて歩いた。
ゼロスは戸惑うように、それでも嬉しそうに目を細めていた。
―――そんなのはいつ位までだったのだろう。
歳を経て、自分の周りを見れる程に成長すれば、嫌でも分かって来る。
―――ゼロスと自分の関係。
‘お兄様’なんて嘘っぱち。私は貴方の母の仇――――憎むべき仇じゃない?
それなのに……どうしてあなたは私に優しくするの。
‘お兄様’と呼ぶのも、優しくされるのも戸惑うだけ――どのようにゼロスに接すれば良いのか
分からなくなってしまった。
ゼロスはある日、南の修道院を訪れた。
『よ〜。セレス〜。元気か〜??』
『……神子様…』
ゼロスの表情が翳る。
『神子様』―――本当はゼロスがそう呼ばれるのを好まないことを知っていた。けれどそう呼ぶ
ことしか出来なかった。
『……今日はお前に頼みがあって来たんだ〜』
無造作にゼロスが出したのはクルシスの輝石―――ゼロスが生まれた時、握っていたと言う――。
『これ、預かっててくれや』
『!』
―――クルシスの輝石は神子の命そのものだ。輝石を砕けば、ゼロスの魂は永遠に失われる
筈だ。
―――それなのに。何故?
ゼロスの灰蒼の瞳はセレスを探るように見ている。
――――わかった。
私がこの人との距離間を掴めないように、この人は私との距離間を掴みかねているのだ。
だから、それは彼なりの信頼の証なのだろう。
私たちは本当の兄妹ではないけれど、私たちは互いしかいない二人きりの兄妹なのだから。
だから。
『……お預かりします…』
―――私は貴方の信頼だけを糧に生きて来た。
言葉なんかいらない。
私たちは、とても不器用だけどそんな形でしか兄妹でいられないなら、それに応えよう。
そう思った。
それなのに……。
『……しいなー』
じゃれあう二人。ゼロスがしいなを見る目―――違う。数知れない女と浮名を流したゼロスだが、し
いなを見る目は明らかに違う。
―――違う。
――――お兄様……。私を一人にしないで。一人にしないでよ……。
「……セレスー!」
「………」
「なーにーふて寝してんだ?」
わしゃわしゃ、頭を掻き回す感触に思わず起き上がった。
「なになさいますの?!」
「俺さまなりの妹への愛情表現……ってか〜?」
「…いい加減になさって!!」
―――ゼロスを見ると、口調に反してゼロスが真剣な顔をしていて、息をのんだ。
―――さっきのこと、怒ってるのかしら……。
当然だ。きっと彼女はもちろん兄も傷付けた。
「………俺さまはさ〜、身内っつーか……気の許せる奴が少ないから……うまく言えねーけ
ど……仲良く……は無理かもしんねーけど……普通にしてくれや」
―――分かってる。分かってるけど………。
「………お兄様……お兄様が……あの人と一緒になってしまったら……私、永遠に一人になっ
てしまうわ…」
セレスの言葉にゼロスは目を見開く。
「……オーバーな奴だなぁ」
「……だって…!」
「俺さまは〜しいなと一緒になっても〜永遠にセレスのお兄ちゃんなわけよ。……それはさ……
ないと思うけどしいなと別れても、そんでもって他の女と一緒になっても変わらねーよ。
俺はお前のアニキで、お前は俺の妹だ。お前は一人なんかじゃねぇ。いつだって俺さまがついてる」
「………」
少し涙が滲んだ。今更だけれどこの人の妹で良かった――――そう、思う。
「………お兄様……ごめんなさい……」
くしゃくしゃと、ゼロスはセレスの髪を撫で笑った。
「かっまわねーよ。……っつーかさ…しいなに謝ってやってよ」
「……はい」
ただ、言葉で表現するのはとても苦手だから、メルトキオの街に出た。何か彼女の気に入りそうな
物を選んで、お詫びと言って渡せばいい。
行き着けの店のドアを開けると店主が迎えてくれた。
「セレス様…。お久しぶりでございます。何かお探しでしたら見繕いますよ?」
「……20歳程の女性に合う髪飾りを探しています。何かありますか?」
「……でしたら入荷したばかりの物をいくつかお目にかけましょう」
「ちょっと!あたしが見るって言ってんのに何で持ってちゃうのさ!?」
「貴族の令嬢が髪飾りをお探しでな。余ったもんを後で見せてやるよ」
「なんだい!?それ!」
―――叫び声に聞き覚えがあった。
店の奥を見ると、やはりそこにいるのはしいなだ。
「――感心する接客ではありませんわね?」
セレスは冷ややかに言った。
「……しかし…あの女はミズホの……」
「……それはそうですけど……あの方は私のお義姉様ですのよ?……失礼な態度は私はもちろ
ん、神子様も許しませんわ」
「…お義姉様?!……そんな……。神子様が…」
呆気に取られる店主を冷ややかに一瞥し、セレスは店主に負けない位、呆然としているしいなの
手を取った。
「……さぁ。お義姉様。こんな失礼な店、早く出て違う店に参りましょう」
「………え……。あ……はい…」
「……髪飾り、お探しですの?」
しいなの手を離し、少し距離をとってしいなの顔を見た。
「……え……あぁ…」
「…では一緒に参りましょう?」
「……うん」
「……あなたは髪が黒いから、銀でもきっと金でも映えますわ」
深緑のビロードの上に置かれた髪飾りをいくつかしいなの髪に宛てがってみる。しいなは少し笑
うと首を振った。
「……あたしが探してるのは自分用じゃないんだ―――紅い髪に映えるのを探してるの……」
―――兄へのものを探していたのか。
「……そうね…。でしたらシンプルなものがよろしいわ。金は派手すぎるから銀の方がよろしいか
しら…」
「……そうだね。これなんかどうだい?」
―――しいなが選んだのは銀だが流麗な細工のもの。無色だが強い輝きの宝石が付いている。
「……素敵ですけど……少し似合わない気もしますわ…」
「そ……そうかい?!……じゃあこれなんかどう??」
改めてしいなが選んだものはシンプルで力強いデザイン―――。
「……いいと思いますわ」
それならば兄も気にいるだろう。
「……じゃあこれ下さい」
「私もこれを」
セレスはひそかにしいなに似合うと思った髪飾りを購入した。
「……今日はありがとう。助かったよ」
「いえ…。どうせでしたらお兄様を屋敷でお待ちになって直接お渡しになったらいかが?」
「……は?ゼロスに??何もあたし持って来てないよ?」
「……あのかみか……」
「あ。そうそう。忘れない内に渡しとくよ。セレス、あんた明日、誕生日なんだって?
……これ、あげ
るよ」
しいなが出したのは今しがた買ったばかりの髪飾り。
「!!!」
――――お兄様の……じゃなかったの……。
「……明日、パーティーもすんだろ? おめでとう」
「……あり……ありがとうございます。………これ、お返しですわ」
セレスはしいなに髪飾りを渡した。
「わ…悪いよっ!こんなの…」
「……この前のお詫びです。少し苛々していて心にもないことを言いました。兄はあなたがいないとダ
メなのだと思います。他の女性とは明らかに違いますもの」
「そ…そんな……っ!」
「受け取って下さい。兄をよろしくお願いしますね」
しいなの瞳が揺れた。
「………明日、よろしければいらして下さい。お兄様も喜ぶわ……お義姉様」
「誕生日か〜。メルトキオで誕生日パーティーすんの、お前、久しぶりだよな〜」
礼服に身を包んだゼロスは見事なまでに貴族然としている。
「……こんな機会を設けてくれてお兄様…ありがとうございます」
「な〜に。可愛い妹のためにはあったりまえよ〜」
「……でも来年は、身内だけで構わないわ。私と…お兄様と、トクナガ、セバスチャン………あとお義
姉様」
セレスの言葉にゼロスは目を見開いた。
「……あと、お兄様の仲間も呼ぶと楽しそうですわね?」
「……お……おーよ…。じゃ来年はそーすっかぁ……ん?なんかセレスその髪飾りゴツくねぇ?
……そのドレスにはもーちょい華奢で宝石のついた…」
髪飾りに手を伸ばして来た兄の手をそっと外した。
「……これがいいんです。ううん。これじゃなきゃ、ダメなの」
きょとんとするゼロスに笑いかける。
「……さぁ。お兄様。参りましょう。お客様がお待ちですわ」
「おめでとうございます」―――繰り返される言葉に笑顔を返す。
屋敷の隅に貴族と明らかに異なる毛色のグループ―――ロイドたちだ。
ゼロスもいつの間にか、こちらに来て喋っていたようだ。しいなの髪には昨日あげた髪飾りが光って
いた。
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
口々に言う言葉は貴族と同じなのに、どうしてこんなに違って聞こえるんだろう。セレスの疑問にゼロ
スが静かに答えた。
「……こいつら根っからのお人好しばっかだからさ〜本当にお前が生まれて良かった……そう思ってん
だよ」
「………私…」
声が震えた。
「……お兄様の妹で良かった……」
泣き出すセレス―――どよめきの中、ゼロスは静かにセレスを抱きしめてくれた―――――。
「俺、プレゼント持ってきたよ!木彫りの熊、ミニチュアバージョン!!」
「私はねー転んでも大丈夫なように膝あてー」
「僕はーケン玉!これ、色綺麗でしょー」
「私は古代書を読む時に欠かせない辞書を…」
「うわ!いらねーよ!!そんなの!!」
「私は……アルタミラのホテルのスウィートルームの無料宿泊券……宿泊した際は感想をぜひ…」
「私はロイドさんと少しかぶりますがトンガリマダラトビネズミのブローチを…」
「なんか皆、個性的だなぁ。ま、貴族連中よかいーかもしんねーが。………あり?しいなはねーの?」
「あたしは……」
「……お義姉様からはもういただきましたわ」
「え〜?何??しいなのことだからまた不穏な藁人形とかじゃねーだろーな?」
「違うよっ!!」
「何々!?セレス〜気にいらねければお兄ちゃんが返してやるぜ〜?」
「ふざけんなっ!!あたしがあげたのは……」
セレスは人差し指を口唇の前に立てた。
「二人だけの秘密……ですわ。……ね?お義姉様?」
「……そ…そーだよ!あんたなんかに教えるか!!」
宴の後――。
しいなは食器を重ねていた。
「しーいーなー!」
後ろから伸びて来る手。振り払おうとしたが今一歩、遅かった。
「そんなん後でいーから……と言うかお前がやる必要全くねーよ」
「だ……だって…!…ってか離せ!!見られたらどーすんだい!?」
「貴族は皆、帰っちまったし、あいつらは爆睡してっから大丈夫よ〜」
「もう!!」
―――訪れた静寂に、ほとんど条件反射のように瞳を閉じる―――この男のせいで本当に妙な癖が
ついてしまった――――。ゼロスも習慣のように口唇を重ねて来る――――。
「………で」
口唇を離して、しいなの顔を覗き込む。しいなはキョトンと見返して来た。
「………で?」
「セレスにあげたもんは?ってかいつの間にセレスと仲良くなったわけ〜?」
「だから〜!女だけの秘密なの!!」
「……ふーん?そんなこと言っちゃうわけだぁ〜?」
ゼロスは不敵かつ悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「…な…なんだい?!」
嫌な予感を感じ、しいなは身を引く。
「言わなきゃ‘くすぐりの刑’だ!!」
言って、ゼロスはしいなの脇の下をくすぐり出した。
「わー!!!や…や…くすぐるなぁー!」
あまりのくすぐったさにしいなは身をよじった。
「うひゃひゃー!」
「このアホ神子ー!!」
しいなはゼロスの隙を見ると、ゼロスをくすぐり出した。
「げっ!くすぐんな!!そこはダメー!!」
笑いながらゼロスはしいなの髪から髪飾りを抜き取った。右手で弄びながら首を傾げた。
「……なんかこれ見慣れないけどどーしたの??」
「あ!!返せ!!それは……!」
「それは?」
「……女同士の秘密だよ!」
「……ふーん……」
ゼロスは笑った。
「な…何笑ってんのさ!?」
「ん〜?べっつにー?妹としいなの仲が良くて安心してんだけ〜」
「ん〜。確かにゼロスより仲良く出来るかもね〜」
「…え〜?そんなんあり〜?!」
end
2006.11.19up
みさの様キリリク special thanks!!
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