<Necessary>


眩しい日差しに水が煌めき、一瞬の虹を創りだす。 人々の歓声がスタジアムを包む巨大な
波となってうねりを上げる。

――――そう。今日はブリッツボールの大会が開催されるのだ。世界中からルカ・ゴワーズの
ような名門チームからビサイド・オーラカのような弱小チームまでが集い、世界一を決める――
―シンが存在した時から、‘永遠のナギ節’が訪れた現在でも不変の世界の祭典だ。

更に今日は、世界中に知らぬ者のいない英雄が来ているからなおのこと――――………。


<Necessary>





「……もー!こんなのやだったのにぃ〜」

リュックが頬を膨らませた。

「……そんなことゆーなよ! あの有名な生ユウナ様が一般の観客の中にいてみろ! 大パニック
だろ〜?」

―――ユウナ、リュック、パイン、そしてイナミを抱っこしたルールー……の特別席を手配したバラ
ライは軽い溜息をついた。

ぶーたれるリュックを宥めるギップル。

「……逆にこれじゃ見せ者じゃないか…」

――――ドスの聞いた低い声でバラライを睨み付けるパイン―――。バラライも慣れたもので爽や
かにパインに笑顔を向ける。

「英雄を見て、市民は喜び僕らは政治をしやすくなる――――何か問題が?」

「………」

「……すっごい〜!パインの睨みに屈しないなんて〜!!」

「しーっ!!リュック!!……だってそれくらいじゃないとパインとは付き合えないよ!」

「……そっか〜。ルールーだったらどうかな??」

「あはは。パインは昔馴染みだからね。ルールーさんに睨まれたら負けるかもね」

爽やかに笑うバラライにルールーは冷ややかな笑みを向けた。

「……やってみよーかー…?」

「……いや。遠慮します……」

「あ!ユウナん!出て来たよ!!」

―――リュックはブリッツボールの会場を指差した。 会場が大きな歓声に包まれる――――ビサ
イド・オーラカの選手たちの入場だ。

ユウナは身を乗り出した。たくさんいる選手の中でも一際目立つ――――ティーダ。

ティーダは手を挙げた。

ゆっくりと大きく振る。

ユウナも手を振った。ちぎれる程に大きく。

「見えたかな?見えたかな?……あれってわたしに手を振ってくれたのかな?」

「……でしょ〜」

「ティーダが1番かっこよかったよね??」

「……そうだね………」

げんなりとした様子で答えるリュックだが、ユウナは気にする様子もなく席に座った。

―――正面にあるスフィアプールに選手が華麗に飛びこんで行く。




―――帰って来たティーダ。ティーダはビサイド・オーラカの選手となり活躍しているのだ。それは
勿論瞬く間に話題となった。

あの闘いで、今までのどんな大召喚士も成すことが出来なかった偉業を成した大召喚士ユウナ―
―彼女を護ったガードたち。彼らも勿論英雄として讃えられた。

――――そして僅かな者は囁いた。
―――あの中にいた金髪のユウナ様と同じ位の歳の少年は何処に行ったのだろう―――と。

彼と、姿を消した文字通り伝説のガードたるアーロン―――きっと彼らはシンとの闘いで命を落と
したのだ――――と。

だが少年は帰って来た。まるで以前から存在していたのが当たり前かのように―――。
そして人々は彼を歓迎した―――……。





ティーダへのパスが決まる度に、腕を掴むユウナの力が強くなる。

「あぁ〜…!残念!!チャンスだったのに!!でも次があるよね!」

―――リュックは笑った。

「……?」

スフィアプールに見入るユウナがそれに気付くわけもなくパインがリュックを見た。

「……どうした……?」

「ううん。チィが帰って来て良かったな……って」

「……そうか」

「うん。ユウナんはね……チィに会う前からブラスカさんの子供だったし…あたしの意見も訊かずに召
喚士になっちゃうし……本当のユウナんはどこにいるんだろ……ってずっと思ってた……チィに会って
からだよ?ユウナんが普通に笑うようになったの―――いなくなってすごい心配していろいろやってみ
たけど……チィが帰って来たのが1番だったね」

「……まぁそれもきっと、リュックがユウナを誘わなければ帰って来なかったんだろ。……結果オーライ
だ」

「そっか……そーだよねぇ〜」

「……」

パインはバラライを見た。先程までにこやかに試合(……を見て騒ぐユウナたち)を見ていたギップルが
いない。

「……あれ…?……ギップルはぁ〜?」

同じく気付いたらしいリュックの問いに答えようとバラライが口を開いた瞬間、ギップルが戻って来た。

「……やばいって!あれは!!」

「………」

ギップルをバラライは静かに睨みつけた。

「………どうかしたのか?」

訊ねるパインに微笑み返し、バラライは席を立った。

「……いや…ちょっと出て来る。……君たちは楽しんでてくれ」

「……なんだろ……?」

「……さぁな……」

―――試合は、ビサイド・オーラカ優勢に進んでいた。

―――あと……一点…!

あと一点入れれば対戦相手のチームとのとは3点差。試合時間から考えて逆転は難しい。

その一点を。

―――俺が入れてやる!

ユウナの前で。

――――ユウナ……見てくれてるよな…?


さっき手を振った時、ちぎれんばかりに手を振ってくれたのは自分を見てくれたから――――そう、信じたい。

ユウナの前で、決勝点を入れて見せたい――――。

ティーダは強く、水をかいた。その勢いに怯んだ選手のブリッツボールを奪い取り、ティーダは水をかいた。

敵陣に入り込み、相手チームの攻撃を擦り抜けて―――シュートを決めた。

上がる歓声――――いや。違う。

――――あれは悲鳴だ!




ティーダは上を見上げた。

―――ベヒーモス?!

「おいっ!!モンスターだ!!」

ワッカが叫ぶ。ティーダはブリッツ会場から走り出した。

―――ユウナ!!

守らなければ。

きっと、ユウナを守るために終わりが訪れたように、再び始まりが訪れたのはきっとユウナを守るため。

―――ユウナは本当はとても臆病だから……。

怖がっている筈。早く行かないと……!





――――ユウナはそこにいた。すぐ近くにはベヒーモス。

『何してるんだよ!?ユウナ!!早く逃げるッス!!』

―――叫ぼうとしたが声が出ない。それは―――ユウナがまるで異界送りをするような緊張感に溢れていた
から。

――――なにやってんだよ……!

「ユウナ!!」

―――ユウナは振り向かない。驚くべきスピードでガンを取り出し正確にベヒーモスの急所を撃ち抜いた。

――――倒れていくベヒーモス。

「………」

ティーダは呆然とユウナを見た。

ユウナは全く動じた様子なくガンをしまっている。

―――ゆ……ゆ……ユウナ〜!?

辺りは凄まじい歓声が響き渡っていたが、ティーダにとってはもはやどうでもよいことだった。



唖然とするティーダをユウナが振り返った。

「…あ!キミ!! 大丈夫だった? ケガとかしてない!?」

――――心配そうに顔を見上げてくるユウナはいつも通り。旅の途中見せていた慈愛に満ちた優しい顔。そ
れに安堵してティーダは息を吐き出した。

「……うん。俺は大丈夫ッス。ユウナは?ユウナはケガしてないッスか?」

「ありがとう!大丈夫だよ!」

「……それにしても……どうしたんだ?これ??」

ティーダは倒れているベヒーモスの巨体を見遣った。

「……なんかね……少ないけど生き残りみたい。びっくりしたね〜」

――……び……びっくり??

「……ユウナ……怖くなかったッスか?」

怖ず怖ずと問い掛けるティーダにユウナは首を傾げた。――――それはそれはかわいらしく。

「………別に怖くなかったよ??ギップルさんとバラライさんがある程度HP削ってくれたし……楽勝ッス!」

「……………」






ざざーーーーん……。

今日もビサイドの海は青い。

砂浜に一人膝を抱え、ティーダは水平線を眺めていた。

「……青いッス………」

ぱたりと後ろに倒れ込むといつの間にか後ろにいたらしいリュックと目が合った。

「???……チィ……何してんの??」

「……海を見てたッス」

腹筋の力で身体を起こしたティーダの横にリュックは座った。

―――まじまじと、リュックを見る。

背は変わらない気がする。顔は少し大人っぽくなったと言えばなった気もするが変わらないと言えば変わらな
い気もする。

「……なに???」

「……リュックは……変わらないッスね?」

くりん、とリュックは翠の眼を動かした。察しの良いリュックはただそれだけでティーダが何を言いたいか察した
ようで口を尖らせる。

「……ユウナんだって変わらないよ!」

「………そうかなぁ…」



ティーダの脳裏のユウナ。―――寺院からふらふらと出て来たユウナの儚さ……。手を差し延べずにはいられ
なかった。そして立ち上がるユウナの笑顔。
『できました!わたし、召喚士になれました!』
―――強い娘だと思った。けど守りたいと―――そう思った。

なにより不安だった時期に『キミは、ここにいるよ』―――その言葉に救われた。

『あのさ………ガード……お願いしちゃダメかな?』……そう言って小首を傾げるユウナの不安そうな顔―――
『ガードじゃなくてもいいの。傍にいてくれれば』――――思えば既にあの時にユウナのことが好きだったような
気がする。

『―――無理だよ…』

――隠していた激情をほとばしらせて涙を零すユウナ―――ユウナは俺が守る。彼女のためなら‘消えて’も構
わない―――そう思った。


だが果たして今のユウナは………。

―――俺なんか……いなくても平気そう……ッス…。


敵を見据えた凛とした横顔は2年前と変わらないけれど―――。

―――ユウナの‘想い’が俺を呼び戻した―――そう、信じてた……。

だが2年の月日のギャップは思いの外大きく、ユウナは精神的にも肉体的にも強く強くなっていたのだ。

――……オレ………。

何の為に帰って来たのか。そしてこれから何の為に生きて行くのか………。

「チィは勝手だよ!」
―――リュックの言葉にティーダは目を見開いた。

「ど……どーしてオレが勝手なんだよ!?」

「……勝手にユウナんの前に現れて、勝手に消えちゃって、勝手に戻って来て!!」

「……勝手って……!」

何も自分だって好きでこうなったわけではない。ただ祈り子の見る‘夢’だった――――それだけのこと。

「チィはユウナんがチィのことだけ考えて2年間泣いて暮らしてれば満足だった!?」

「――!」

―――リュックの言葉はぐさりと心の真ん中に突き刺さった。

「ユウナん頑張ってたんだよ?チィがいなくて全然大丈夫じゃないのに、大丈夫なふりして。チィがそんなんだと
ユウナん可哀相だよ!」

「………」

リュックは立ち上がった。

「……ちょっとはチィもユウナんのこと考えてよ。自分のこと考えるのも解るけどさ……ユウナんはチィがいな
いとダメなんだから!」

―――ティーダは再びぱたりと寝転んだ。


――――ユウナのこと……。

考えていた、つもりだった。けれと言われてみれば自分のことばかり考えていた気がする……。

『これがオレの物語だ!』………そうして突然の終わりを告げたティーダの物語。だが―――再び始まった物語。


そのきっかけを与えてくれたのは確かにユウナだった。けれどもう――――始まってしまった物語は、ユウナの
物語ではなくティーダの物語だ。

―――そうだよな……。

ユウナに会いたい―――そう思った。

素直な自分の感情を確かめたい―――ユウナに会って。





「ユウナ!」

叫んで立ち上がった。

「…きゃっ!?」

あまりに間近に聞こえたユウナの声。

「…ユウナ?!」

「……ど……どうしたの?」

「……どうしてここに?」

「え?リュックがね、キミがここにいるって……」

「………」

「……キミがね……」

ユウナはティーダの横に立ち水平線に目をやった。

「………近くにいないと……わたし不安なの」

「…不安?」

「……ねぇ。もうどこにも行かないよね…?」

―――見上げて来るユウナの瞳の不安げな色。

「………ごめん……」

「……え……?」

「……オレ……最低だったッス。いなくなってユウナを不安にさせて……戻って来てユウナが変わっちゃったか
ら……オレなんかもういなくなってもいいのかな…って思ってた」

――ユウナは目を見開いた。

「そんな…!」

「……今は違うッス。オレはオレの物語を生きてるから。……ユウナがオレを必要としなくても……オレはユウナ
が好きだから!」

思いを込めて――――ユウナを見つめる。

「…ユウナの傍にいていいッスか?」

―――返事はなかった。言葉なくユウナはティーダに抱きついた。

「…バカ…!!バカ!!」

「……わ…!わっ!!ユウナ!?」

「バカ!……わたし……わたしはキミがいないとダメなの!」

―――ユウナは泣いていた。蒼と翠の瞳からぽろぽろと零れ落ちる雫は―――あの聖なる泉を思い出させた。

「……キミがいなくなって……キミがいなくても大丈夫………そうなれるように頑張ったけど………やっぱりダメ
だった……」

「………」

「……わたしにはキミが必要なの。……キミが必要じゃなくなることなんてない……!わたしの物語はキミなしに
は進まないよ…!」
―――ユウナの濡れた瞳はまっすぐにティーダを見ている。

じんわりと温かな気持ちが込み上げて来る―――それはきっとユウナを愛おしいと思うから―――。

あの日の様に―――キスをした。

「……ごめん。やっぱさっきのなし」

「え?」

「……オレ、ユウナが好きだ。だからユウナがやだって言ってもユウナの傍にいる」

「……やだなんて言わないよ!」

「本当ッスか〜?」

「本当ッス!」

二人で笑いながらまた、キスを交わした。

ビサイドの海に静かな夜が訪れようとしていた―――。




end













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