紫陽花
雨だ…………。
<紫陽花>
ユウナは窓から外を眺めた。しとしとと昨夜から雨は降り続き止みそうにない。
『こんな天気じゃ無理そうだねー』
通信スフィアからのリュックの声にユウナは、通信スフィアに届かない程度の溜息をついた。
『せっかくだからさぁ、ユウナんもゆっくりしなよ?ずぅっとここのとこ、スフィアハントばっかじゃん?
……あいつも帰ってきたし、たまにはさぁ』
「…そうだね」
雨を眺めたまま、ユウナは答えた。
雨は憂鬱だ。
「………」
ティーダは、いない。
朝早くからブリッツボールの練習に行ってしまった。
『じゃあ、また連絡するね!』
「……あ」
あっさりと切れてしまった通信スフィアを眺めながらユウナはまた溜息をついた。
最初の旅の時はとにかく必死で……傍にいてくれるティーダに恋をした。こんなときに、しかも召喚士の自
分が何考えてるんだろう…と妙に冷静に考えなくもなかったが、そんな考えを破壊する位の輝きでティーダ
は存在していて。
だから、ティーダがいなくなった時は何も考えられなかった。元々、召喚士だったユウナに生き残ったら、
と言うヴィジョンはティーダ抜きにはなかった。
―――『ザナルカンドに行こうね』とか、他愛のない未来を描きはしたが、それはティーダが存在してこそで。
ティーダがいなくなって空っぽな自分に気が付いた。
2年経ってそんな自分に声をかけてきたリュック。持って来たスフィアにはティーダに似た男が映っていて
……違うかもしれない。でも、そうかもしれない。
とにかく、ティーダに会いたかった。だから、また旅に出た。空虚な自分をごまかすために今までにない行
動をとってみたり、言ってみたり。
紆余曲折はあったが、ティーダは帰って来た。
「………」
嬉しかった。当然のように、ティーダとユウナは一緒に暮らし始めた。
輝きを失った通信スフィアを人差し指で突きながらユウナは既に何度目か分からない溜息を付いた。
「……はぁ」
そのままぱたっとベットに倒れ込む。ベットからはティーダの匂いがまだ残っていた。
戻ってきたティーダは、ビサイドオーラカのブリッツボールの選手の1員となった。
朝早くからの練習で自然と会話も減ってしまう。
しかも会話もぎこちない気がする。旅の時は本当に自然に話せたのに。
―――何がいけないのかな?
2年間のブランク?それとも――私が変わってしまったから…?
シンを倒した時、召喚獣も失ってしまったユウナは次の旅の時はガンナーとして参加した。今までロッド
を持っていたのをガンに変えたのだ。今までは後方で支援にまわることが多かったが、パーティーが女性3
人だったのでユウナも先頭に立ち闘った。だから、自分でも自覚していなくてもきっと自分は変わったのだ
ろう。もうガードに護られているだけの女の子には今更戻れない…………。
『ユウナ、いる?』
通信スフィアが鈍い光を放った。ユウナはベットから勢いよく起き上がった。その声は間違いなく、今1番
聞きたかったティーダの声だ。
「うん!」
『あのさ…これから出て来ない?』
「……練習場に?」
『違うっス。たまにはデートとか…ダメっスか?』
「大丈夫っス!」
勢いよく即答したものの、窓の外を見てユウナは表情を曇らせた。
「……でも。雨、降ってるよ?」
『ユウナは濡れるの嫌?』
「…うぅん!そんなことないよ」
『…なら見せたいものがあるんだ』
待ち合わせ場所と時間を決めて、ユウナは通信スフィアを切った。
待ち合わせの時間までには、雨が止むことを期待していたが、雨は止まず降り続いていた。
ティーダはまだ来ていない。
―――不安だった。
ティーダの存在自体がとても不確かだったからかもしれない。
―――来なかったら、どうしよう…。
祈り子が召喚していたザナルカンドの少年――言われてもピンとは来ない。帰って来た―――と思ってい
ても、それは自分の望む夢だったとしたら―――?
これも夢の続きで、目を閉じて、目を開いたらまだシンのいる暗い世界が広がっていたら――――。
怖い――のに、ユウナは目を閉じた。
――早く来て。
―――会いたいよ。
――――私をひとりにしないで。
「ユウナー!!」
ユウナは目を開いた。
雨の中走りだし、濡れるのも構わずティーダに抱き着く。 ティーダの持っていた傘が飛んだ。
「…ユウナ?!濡れる…!」
「……キミが…来ないんじゃないかと思ったら…すごく恐かった…!」
「…ユウナ…」
ティーダはユウナを抱きしめた。
「…ユウナ」
「キミがどこかに行かないか、不安だった…」
ティーダはまっすぐにユウナを見つめた。
「……ユウナ…。俺、俺さ…ユウナが何も言って来ないの、実は不安だった…」
ティーダの言葉にユウナは目を見開いた。
――不安?キミも?
「元々ユウナは弱音吐かない方だけど、俺がいない間にもっとしっかりしてて…俺なんかじゃダメかな…
って思った…」
「そんなわけない!」
ユウナはティーダの首に腕をまわした。
「キミがいないと…私は空っぽで…キミがいないとダメなの!」
「…良かった……俺ばっかユウナのこと好きなのかって思ってた」
ティーダとユウナは見つめ合った。ゆっくりと微笑み合う。
「…ユウナ、びしょびしょ…」
「キミもね…」
どちらともなく笑い声がこぼれた。
「ねぇ、私に見せたいものって何?」
「あ!そうだ!」
ティーダはユウナの手を取り走り出した。
「ユウナ、あれ見て!」
雨に濡れた見慣れない植物。雨に濡れ美しい白い花をたくさん咲かせている。それは世界中を旅したユウ
ナもあまり見たことのない変わった花だった。
「うわ〜!初めて見た!……なんて花?」
「俺も花詳しくないけど…アジサイって言うっス」
「……アジサイ…」
「雨季にしか咲かない花なんだ。こっちにはないと思ってたからあってびっくりしたっス」
「雨季だけ…?」
「雨はいやだけどさ、こういうの見ると少し元気出ない?」
「うん!…ちょっと得した気分かも。雨も止んできたね」
ユウナは宙に手を泳がせた。もう、手には水は付かない。
「…本当だ」
お互いに笑顔が零れた。どちらからともなく軽いキスを交わす。
「ユウナ。俺、頼りないけどさ、頑張るからさ、何でも言って欲しいっス」
「キミは頼りなくなんかないよ!…私もいろいろ話してほしいな」
そうやって、二人の間の空間を埋めて行きたい。
「あ。ユウナ見て!虹!」
「本当だ!」
ユウナはティーダの肩に頭をもたれかけて微笑んだ。――少し、雨の日が憂鬱じゃなくなる、かな。
白いアジサイと虹を思い出せたなら――――。
end
2006.6…かな?多分梅雨。
2007.1.28一部改変
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